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連載・特集

激動2013 中国地方の現場から はだしのゲン閲覧制限 

教委の在り方にも一石

 松江市のある小学校の図書室。17日、本棚には漫画「はだしのゲン」の全10巻が並んでいた。1月と昨年12月の2度に及んだ市教委の閲覧制限要請を受け、書庫に収める閉架としていたが、10月15日に解除した。

 「全巻を読めば、つらい環境でもたくましく生き抜く尊さが伝わるはず」。校長は、保護者とも協議して下した決断を振り返る。一方「天皇批判などもあり一部分だけ読まれるのは不安」とも明かす。廊下の本棚に置いていた閉架前とは違い、司書の目が届く室内に置き場を変えた。

 市教委が閲覧制限を要請した49校中、今も閉架とするのは、要請とは無関係に以前から続ける小学校1校だけとなった。

 閲覧制限は8月16日に表面化した。以来、市教委は「一部の描写が過激だから」との説明を繰り返した。だが「子どもの知る権利の侵害」などと市教委を批判する全国からの電話やメールは10日間で約2千件に上った。同26日、市教委は制限の撤回を決定した。

 主な理由としたのは手続きの不備だった。2度の要請を教育委員会議に諮らず事務局が独断で決めた点だ。「考え方は間違っていなかった」。清水伸夫教育長(62)は撤回後の会見で、閲覧制限の判断そのものを改める姿勢は示さなかった。

 問題発覚後、知る権利や表現の自由の侵害も市教委内で議論されたが「撤回の理由とするほどには意見がまとまらなかった」と市教委の内藤富夫委員長(72)。一方、日本図書館協会・図書館の自由委員会の西河内靖泰委員長(60)は「重要な権利を侵すとの想像力が欠けていた」と厳しく指摘する。

 教育行政の指導はどの範囲まで許されるか、という問題も残った。市教委が撤回後に開いた校長会では、2度の要請を「指示と受け止めた」と複数の校長が主張している。

 だが、子どもの自由な読書環境が奪われたのは、大半の学校が要請に従ったためでもある。市小学校校長会の河原(ごうばら)史佳会長(59)は「明確に反対しなかった現場にも問題があった」と認める。反省から、自主的な選書基準の策定に動く学校も相次いだ。

 国政では教育委員会改革の議論が進む。大津市の中学生自殺などへの対応をめぐり、教育委員会の機能不全を疑問視する声が強まったためだ。中教審は12月13日、教育行政の最終権限を教委から首長に移す案を示した。

 「閲覧制限を客観的な立場から撤回したように、教育委員会には中立性が重要だ」。内藤委員長は慎重な立場だ。その上でこう続けた。「8月まで閲覧制限を知らなかった。事務局や学校との密な連携など改善の余地は大きい」(樋口浩二)

はだしのゲン閲覧制限問題
 広島市中区出身で、昨年12月に亡くなった漫画家中沢啓治さんの代表作「はだしのゲン」をめぐり、松江市教委が閉架とし、貸し出しもやめるよう市内の全49小中学校に求めた。発端は昨年8月、市議会に提出された「ゲン」の撤去を求める陳情。同12月に不採択となったが、市議の賛否分かれた議論を踏まえ、市教委事務局が対応を協議。「教育上好ましくない部分がある」として閲覧制限を決めた。

(2013年12月21日朝刊掲載)

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