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ヒストリー

ヒロシマの記録1998 8月


1998/8/1
中国新聞が、広島市公文書館に保存されていた50年の「原爆体験記」のうち、馬場初江さんの体験記を掲載
1998/8/1
原爆で壊滅した広島市中区の旧十日市町の元住民、山本正子さんと重住澄夫さんが作製していた同町の戸別詳細地図が完成
1998/8/1
原水禁国民会議系の被爆53周年原水爆禁止世界大会の国際会議が東京で開幕
1998/8/2
原水協系の原水爆禁止1998年世界大会国際会議が、広島市内で開幕
1998/8/3
核兵器廃絶を訴えながら全国各地を行進した、原水協系の国民平和大行進の長崎など3コースと、原水禁系の非核・平和行進、日本山妙法寺の平和祈念行脚が、それぞれ広島市の平和記念公園に到着
1998/8/4
原水協系の原水爆禁止世界大会の広島大会が広島市内で開幕
1998/8/4
原水禁系の原水爆禁止世界大会の広島大会が広島市内で開幕
1998/8/5
インドの元海軍長官ラクシミナラヤン・ラムダス退役大将が「なくせニュークス98MIC広島フォーラム」で講演。核廃絶を訴え、インドやパキスタンに「核より10億人の食を」と核兵器不要論を展開
1998/8/5
核実験実施国の駐日大使として、初めて広島市の原爆死没者慰霊式・平和祈念式に参列するインドのシッダールタ・シン大使とパキスタンのトキール・フセイン大使が原爆資料館を見学し原爆慰霊碑参拝
1998/8/6
広島被爆53周年。広島市の平和記念公園で原爆死没者慰霊式・平和祈念式が営まれ、小渕恵三首相ら約5万人が参列。この1年間で、新たに4千927人が記帳された原爆死没者名簿を原爆慰霊碑に奉納。子ども代表の草津小6年大谷快君と翠町小6年堀越千尋さんが「本当の平和をつくり出す心が世界中に広がっていくよう努力する」と「平和への誓い」を読み上げる。インドのシン、パキスタンのフセイン両駐日大使らが参列
1998/8/6
平岡敬広島市長が原爆死没者慰霊式・平和祈念式で平和宣言。「インド、そしてパキスタンの相次ぐ核実験強行の背景には、核保有5カ国が核抑止論に固執し、核拡散防止条約で義務づけられた核軍縮が遅々として進んでいない現実がある。世界各国は、核兵器廃絶への一段階として、核兵器使用禁止条約の締結交渉を直ちに開始すべきである。私たち国民一人ひとりも、核兵器に頼らぬ安全保障の方策を真剣に考えねばならないと思う。ヒロシマは、国家を超えて都市・市民の連帯の輪を広げ、そのネットワークによって国際政治を動かし、核兵器のない世界を実現させたい」などと訴え
1998/8/6
インドの大学教授など知識人で構成する「核兵器に反対する市民の会」(ニューデリー)が、インド、パキスタンの各地で反核デモ
1998/8/6
原水協系の原水爆禁止世界大会広島大会の閉会総会で、世界の政府に核兵器廃絶を求める手紙を送るなどの運動を呼び掛け
1998/8/6
原水禁系の原水爆禁止世界大会広島大会の分科会報告まとめ集会で、核兵器禁止条約締結に向けた運動強化を呼び掛けるヒロシマアピールを採択
1998/8/6
外務省の招きで広島を訪れたパキスタンのジャーナリストらが、原爆死没者慰霊式・平和祈念式や被爆者を取材。平和記念式典に参列したインドのシン駐日大使が「核兵器廃絶の決意を新たにした」と、パキスタンのフセイン駐日大使が、核拡散の危険について「地域紛争解決がカギ」と語る
1998/8/9
長崎市の平和公園で、原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれる。小渕恵三首相や遺族ら約2万5千人が参列。伊藤一長長崎市長が平和宣言で、核軍縮を怠った核保有5カ国の姿勢を非難。世界の指導者に「核兵器全面禁止条約」の早期締結に向け、直ちに交渉を始めるよう訴える
1998/8/10
小渕恵三首相が、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に在住する被爆者の来日治療が可能かどうか、古川貞二郎官房副長官に調整指示。政府は外務、厚生両省を中心に具体的な検討に入る
1998/8/11
ジュネーブ軍縮会議が、兵器用核分裂物質の生産禁止(カットオフ)条約交渉を開始するため特別委員会を設置することで正式合意
1998/8/17
中国電力が、島根原発3号機増設計画に伴う地質調査で、発電所から約2・5キロ南東の八束郡鹿島町南講武から松江市福原町にかけて、長さ8キロの活断層があることが判明したと発表。中国電力は、問題はないと発表しているが、住民などから不安の声が相次ぐ
1998/8/20
全国の原発立地点16カ所のうち、国の安全基準で定める「耐震設計に考慮すべき活断層」を周囲に抱えるのは、9割近い14カ所に上ることが、中国新聞の調査で判明
1998/8/25
長崎市が、伊藤一長市長の諮問機関として、国際政治の専門家らでつくる「平和推進専門会議」を設置すると発表。核兵器廃絶に向けた被爆地の役割について提言を得る狙い
1998/8/26
厚生省が、99年度予算の概算要求に、国が広島市の平和記念公園内に建設する原爆死没者追悼平和祈念館の着工費を盛り込む。原爆死没者追悼平和祈念館の広島検討会議で、広島市が、祈念館に死没者氏名や遺影のデータベースなどを整備するとした開設準備検討会の最終報告案修正案を説明
1998/8/30
日本政府提唱の「核不拡散・核軍縮に関する緊急行動会議」(広島平和研究所、日本国際問題研究所共催)が開幕。初会合でインド、パキスタン両国の核開発凍結と南アジアの非核化構想などをテーマに意見交換。
1998/8/31
「核不拡散・核軍縮に関する緊急行動会議」でインドやパキスタンを含む地域的な核不拡散の課題と、核保有5カ国による核軍縮問題を同時並行で討議していく方針を確認。共同議長を務めた明石康広島平和研究所長が、次回の広島会議から名称を「東京フォーラム」と変更すると表明

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