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ヒストリー

ヒロシマの記録1990 2月


1990/2/1
広島市の平和記念公園東端の元安橋の架け替え工事が始まる。被爆した親柱と中間柱を再利用。総事業費7億円
1990/2/1
今村昌平監督の映画「黒い雨」が米ニューヨークで一般公開
1990/2/1
広島県被団協(森滝市郎理事長)が実施した広島県内の衆院選立候補予定者アンケートで、回答期限の2月1日までに自民前職3人が、党決定に反し「援護法制定に賛同」と回答
1990/2/1
米、ソ連、西ドイツの市民らでつくる「平和を目指す世界行進団」150人が広島の平和の灯を手に、カリフォルニア州サンタモニカを出発。米大陸を横断、欧州、アジア大陸経由で1993年8月6日の広島平和祈念式典に参列する世界一周の平和行進
1990/2/2
広島県被団協(佐久間澄理事長)が被爆者援護法の制定促進などを広島県に要望
1990/2/3
札幌で開幕するアジア冬季競技大会の聖火が平和記念公園の「平和の灯」から採火、8日分火式
1990/2/4
広島原爆投下の直後に観測機器装備のパラシュートが落ちた広島市安佐北区亀山に、浄土真宗の安光覚遊教師が原爆犠牲者慰霊碑を建て除幕式
1990/2/4
米天文学者カール・セーガン博士が4日発表の米誌「パレード」に、「米ソが保有する核兵器のほんの一部を使用するだけで核の冬は起きる」と核兵器の大幅削減を求める論文寄稿
1990/2/5
中国電力島根原発2号機が、1989年2月の営業運転開始以来初めて定期点検に入る
1990/2/7
ベーカー米国務長官がシェワルナゼ・ソ連外相と会談のためモスクワに到着。戦略兵器削減交渉(START)や欧州通常戦力交渉(CFE)などを討議。両条約の年内調印を目指すことを確認し、米、カナダを含む全欧州35カ国の首脳会議開催にも合意
1990/2/7
ブッシュ米大統領が遊説先のサンフランシスコで、戦略防衛構想(SDI)推進や戦略核兵器近代化政策の堅持を強調
1990/2/8
広島修道大の平和グループ「STOP」が1989年10月の結成以来行われた米、英、ソ連、仏による8回の核実験に抗議し、大学キャンパスで反核を訴える植樹
1990/2/9
岡山市民生活協同組合が被爆45周年記念の「平和のための戦争展」を岡山市内で開く
1990/2/10
ライオンズクラブ国際協会のウィリアム・ウーラード会長が広島市の平和記念公園を訪れ、平和アピールを発表
1990/2/11
国際観光振興会の「日本」をテーマとする作文コンクールで入選したカナダの青少年21人が広島市の原爆資料館を見学
1990/2/11
平和運動家で広島市特別名誉市民のバーバラ・レイノルズさんがオハイオ州ウィルミントンの自宅で心臓発作のため死去。74歳。1951年、ABCC研究員の夫アール・レイノルズ氏とともに広島へ。58年米のエニウェトク環礁水爆実験に抗議の航海、62年と64年広島・長崎平和巡礼団を率いて米、ソ連、欧州で核廃絶を訴える。75年外国人として5人目の特別名誉市民
1990/2/11
広島県高校生平和ゼミナールが広島市内で「一日平和学校」を開く。高校生ら200人が参加
1990/2/16
ソ連ウクライナ共和国最高会議がチェルノブイリ原発事故の汚染除去などで2000年までに150億ルーブル(約3兆6,000億円)を投入する浄化計画を討議。汚染除去は過去4年間で80億ルーブル(約1兆9,200億円)を投入
1990/2/16
「黒い雨に関する専門家会議」(座長、重松逸造放射線影響研究所理事長)がウラン235と自然界ウラン238の比率を測定し、黒い雨地域の範囲を推定へ
1990/2/19
広島市が1990年度当初予算案に平和研究所設置の調査費2,000万円を計上。被爆50周年をにらみ核被害、核軍縮問題の研究拠点を目指す
1990/2/19
広島市が原爆ドーム保存事業基金の設置を決定。原爆ドーム募金の残り2億9,300万円を基に運用益を積み立て、今後の修復工事に充てる考え
1990/2/21
英セラフィールド原発周辺の子供の白血病多発問題で、英核燃料会社(BNFL)の保健部長が会見。「(従業員らに)子供をつくるなとアドバイスすることもあり得る」
1990/2/22
精神養子運動の提唱者ノーマン・カズンズさんが、庭野平和財団(庭野日敬総裁)の「庭野平和賞」受賞決まる
1990/2/23
広島大工学部の葉佐井博巳教授グループが、初めて原爆ドームの残留放射能測定で壁の一部を採取
1990/2/23
広島市の原爆資料館と平和記念館の改修工事で、市が「加害者コーナー」設置に消極的な意向を伝える文書を右翼系団体に送っていたことが判明
1990/2/23
韓国原爆被害者協会の辛泳洙会長が戦後処理問題を話し合う日韓外相協議を前に、在韓被爆者への補償を日本外務省に要望
1990/2/23
広島の語り部、山岡ミチコさんら3人が「国際平和とうろう交換プロジェクト」(IPLEP、本部米国)ソ連支部の招きで、ソ連に出発
1990/2/24
米平和運動家で11日亡くなったバーバラ・レイノルズさんを追悼する「記念会」が広島市内であり、被爆者や市民ら80人が参列
1990/2/26
日本被団協が総選挙の結果を受け、自民党を除く全野党に被爆者援護法の即時制定を要請
1990/2/26
仏の極右政党、国民戦線(FN)ルペン党首が「ユダヤ人虐殺ガス室と同じように、ヒロシマもさ細な事だ」と演説
1990/2/28
原水禁国民会議が東京で「アジア・太平洋の核軍縮をめざす3・1ビキニデー全国集会」開く。政府に軍縮促進を求めるアピール採択
1990/2/--
北朝鮮の原子力開発拠点である寧辺の原子力関連とみられる施設群の拡張が東海大情報技術センターの衛星画像分析で確認
1990/2/--
広島原対協健康管理センターが被爆者のレントゲン・フィルム80万枚を光ディスクに入力し保存へ
1990/2/--
英サウサンプトン大科学者チームが「セラフィールド原発周辺に子供の白血病が多いのは施設内部で働く父親の遺伝子が突然変異を起こした可能性」と医学専門誌「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」に発表
1990/2/--
米上院のナン軍事委員長が米ソ双方の核兵器安全装置の総点検を提唱。「事故による核ミサイル発射の危険性は依然ある」と述べる
1990/2/--
米紙ワシントン・タイムズが「ソ連アゼルバイジャン共和国で武装イスラム原理主義派が首都バクーの核兵器貯蔵施設を襲撃」と報じる
1990/2/--
広島市がヒロシマ修学旅行の小、中、高校に市の花夾竹桃の苗木贈呈を決める

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