×

ヒストリー

ヒロシマの記録1947 12月


1947/12/1
阿川弘之氏が小説「八月六日」を「新潮」12月号に発表(「原爆被災資料総目録・第4集」)
1947/12/1
米が中部太平洋マーシャル諸島エニウェトク環礁に原子兵器の実験場を建設中と発表
1947/12/2
米政府原子力委員会のリリエンソール委員長が「米国は現在、ウラニウムおよびプルトニウムから新しい原子力兵器を製造中である」と発表
1947/12/5
正田篠枝氏が歌集「さんげ」を出版。一般に頒布しないとの条件で広島刑務所で印刷、ひそかに市民に配布された(「原爆被災資料総目録・第4集」「原爆三十年」)
1947/12/7
ジョン・ハーシー氏の「ヒロシマ」に登場したドイツ人フーゴー・ラサール神父が1年4カ月の欧米、南米講演旅行から広島市に帰る。「広島への関心と同時に同情はすこぶる大きい。ローマ法王ピオ十二世も深い同情と激励の言葉を広島市民に贈られた」
1947/12/7
昭和天皇迎え、爆心地の市民広場に約5万人の市民。天皇「犠牲を無駄にすることなく平和日本を建設して世界平和に貢献しなければならない」。天皇が被爆者の健康について質問したのに対し、楠瀬常猪広島県知事は「人体の健康はまったく心配なく、植物が学問的にいえば多少の影響を残している程度で決してご心配はいらない」
1947/12/25
広島市に日米協力による「原子爆弾研究所」の建設構想。関係者で打ち合わせ
1947/12/--
広島平和祭協会、昭和天皇が爆心地を通過するとき、「平和の鐘」を打ち鳴らすことを決定
1947/12/--
米の実験遺伝学者レイ・アンダーソン中尉がABCC委員に就任のため来日

年別アーカイブ