証言　記憶を受け継ぐ

　「原爆で傷つきながらも、たくましく生きた植物に生きる勇気をもらった」。広島市中区白島九軒町の寺「宝勝（ほうしょう）院（いん）」の名誉（めいよ）住職国分良徳さん（８２）が、境内に残る被爆したツバキやボダイジュを見つめます。爆心地から１・７キロ。国分さんは１９４５年８月６日、ここで被爆し、母やきょうだいを奪われました。

　当時、両親と３男４女の９人家族。１６歳だった国分さんは、旧制山陽中（現山陽高）に通っていました。動員学徒として、自宅の寺を出ようとしていました。飛行機の音が聞こえ、ピカッと光った瞬間（しゅんかん）、がれきや土くれの臭（にお）いの中を吹（ふ）き飛（と）ばされました。一瞬気を失いましたが、薄日（うすび）が差す方に向かい懸命（けんめい）に外へ出ました。

　同じく下敷（したじ）きになりながらも助かった父智（ち）徳（とく）さん（４６）、弟義章（よしふみ）さん（１１）と、泣き声を頼（たよ）りに妹慶子さん（４）をがれきの中から救出。さらに近くを捜すと、弟宥信（ひろのぶ）さん（１）を抱（だ）く母ハルコさん（４１）が見えました。梁（はり）に挟（はさ）まれ、２人は既（すで）に亡くなっていました。

　火の手が上がり、その場を離（はな）れざるを得ませんでした。道の両側の家は燃え盛っています。火を避けるため、防火水槽（すいそう）に漬かり、必死で走り抜けました。

　その日の夜、父たちと寺へ戻（もど）って野宿しました。寺はまだ燃えていて、焼け残ったボダイジュの木の下で、赤や青の炎（ほのお）を見ました。「母や弟の炎はどれだろう。逃げずに一緒（いっしょ）に死ねばよかった」。国分さんは涙（なみだ）が止まりませんでした。

　女子挺身（ていしん）隊で工場に行っていた姉宣子（のぶこ）さん（１８）は無事でしたが、学徒動員で出ていた妹郁子（いくこ）さん（１４）は全身やけどで亡くなりました。自宅にいたかどうかはっきりしなかった妹和子さん（７）の骨も寺で見つかりました。

　終戦後、一家は広島を離れることも考えましたが、サトイモが芽を出したのを見て、残ることに決めました。

　国分さんは額と胸を負傷。親戚（しんせき）が住む香川県で療養（りょうよう）した後、山陽中の先生の勧（すす）めを受け４５年１１月に復学しました。卒業後は郵便局に勤めながら修行。７０年に１８代目の住職として寺を継（つ）ぎ、２００１年に長男に譲（ゆず）りました。

　「平和を思う気持ちや『和』の心をみんなが持ってほしい」と国分さん。「草木も生えないといわれた広島で生き抜いた木を通し、戦争のむなしさや平和のありがたさを考えて」。０２年に地元の白島小に、被爆ボダイジュの種を採って育てた苗（なえ）木を贈（おく）りました。児童の心に、平和を思う気持ちが根付くことを願って。（増田咲子）


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　原爆の惨禍（さんか）をくぐり抜けた「被爆樹木」。原爆の「生き証人」です。広島市によると、爆心地から半径約２キロ以内の５５カ所に、プラタナスやエノキなど３２種類、約１７０本が残っています。

　最も爆心地近くに残っているのは、３７０メートル地点にある中区基町のシダレヤナギです。原爆で倒（たお）れましたが、残った根元から芽吹（めぶ）きました。

　市は、これらの樹木を保存、継承（けいしょう）しようと実態調査し、１９９６年度から公共施設（しせつ）や寺、神社にあるものを登録。被爆時の状況（じょうきょう）などを記した説明板も取り付けています。

　根が腐（くさ）るのを防いだり、害虫を駆除（くじょ）したりと「治療（ちりょう）」もしています。枯（か）れてしまった木もありますが、個人宅から小学校に移植され、新たに登録された事例もあります。

　また、市や市民らによって被爆樹木の種や苗（なえ）が国内外に広がり、成長しています。樹木がある市内の小中学校では、平和学習にも使われています。



　「世界平和のために、一人一人の平和を思う気持ちを重ね合わせてほしい」という言葉が印象に残っています。憎み合うことをやめ、相手を理解しようとする気持ちを持つことが大切です。互（たが）いの尊さが分かるようになれば平和につながります。国分さんの言葉を心に留めて生きていきたいです。（中３・陳依〓（ちんいよ））


　被爆体験について質問した時の国分さんの表情が、とても悲しそうでした。体験を話すことは当たり前のことではなく、たくさんのエネルギーが必要なのです。私たちも心して聞かなければならないとあらためて感じました。思いやりの心を持ち続け、平和な世界をつくるために行動したいです。（高２・野中蓮（れん））


　安土・桃山時代から続く「宝勝院」。寺の南側にある墓所に、原爆作家大田洋子さん（１９０３～６３年）の文学碑があります。国分さんが２０１０年に建てました。

　大田さんは当時、隣の家で被爆し、国分さんとも顔見知りでした。代表作「屍の街」に、国分さん一家について触れた部分があります。国分さんは小説の一節を一部訂正し、「寺では夫人と赤ん坊と七つの女の子が下敷きになって死んだという」と、石碑に刻みました。

　寺には、被爆ツバキやボダイジュのほか、被爆した「釈迦誕生仏」や瓦の塊などが残っています。原爆で亡くなった母やきょうだいを思う国分さん。原爆の悲惨さを無言で訴えるこれらを大切にしています。（増田）

（２０１２年１月２３日朝刊掲載）