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3.11とヒロシマ

『フクシマとヒロシマ』 特集・「核」の教訓 今こそ生かせ

■「フクシマとヒロシマ」取材班

 核と共存できるか。この問いが今また人類に突き付けられている。東日本大震災による福島第1原発事故。土や海が放射性物質に汚染され、多くの人々が避難生活を強いられている。放射線の恐怖を66年にわたって訴え続けてきたヒロシマ、ナガサキに今何ができるか。史上最悪となった旧ソ連のチェルノブイリ原発事故から25年。それぞれから学ぶべき点を浮き彫りにする。

福島 2011年3月11日

「低線量・長時間」被曝 長期の健康管理へ

 被爆国はこの史上最悪の原発事故にどう対応するのか。フクシマ、そして日本に世界が注目する。

 衝撃的な光景だった。地震の津波に襲われた福島第1原発は、核燃料棒を冷やす電源を全て失った。発熱で生じた水素が爆発。建屋の屋根は、原発の「安全神話」とともに吹っ飛んだ。大量の放射性物質が漏れだした。

 国際的な事故評価尺度(INES)で、最悪の「レベル7」。過去では、チェルノブイリ事故が唯一の例だった。今回の暫定評価を発表したのは、経済産業省原子力安全・保安院。事故から1カ月間で、大気中への放出量が37万テラベクレル(テラは1兆倍)に達したためだ。原子力安全委員会の推定は63万テラベクレル。拡散は今も続く。

 被曝(ひばく)による死者はない。それでも、地元の不安は募る。広島、長崎の被爆2都市の動きは速く、放射線医療の専門家や保健師たちが相次いで現地入り。福島県立医科大などを拠点に原発作業員たちの検診や、子どもの甲状腺調査などに携わった。

 放出された放射性物質は、ヨウ素とセシウムなどが公表されている。原発から半径20キロ圏内の「警戒区域」は立ち入り禁止になった。

    ◇

 人間の営みを支える大地が汚染された。原発から北西約40キロの福島県飯舘村。京都大原子炉実験所の今中哲二助教(原子炉工学)は3月末、土壌の汚染度を評価した。1平方メートル当たりのセシウムは、最も高い地点で406万ベクレル。チェルノブイリ事故で、隣国ベラルーシが定めた移住対象基準の約7倍に当たる数値だった。

 海も汚された。原子炉から漏れ出た放射性物質を含む汚染水推定約9万トンの一部が流れ込んだ。茨城県沖では、コウナゴ(イカナゴの稚魚)から、1キロ当たり4080ベクレルのヨウ素を検出。全国漁業協同組合連合会の会長は、東京電力に怒りをぶつけた。

 政府の事故対応で一定の評価を受けたのは、原乳の出荷制限だった。チェルノブイリ事故ではヨウ素で汚染された牛乳を知らずに飲んだ子どもが多数、甲状腺がんになった。この点、教訓は生かされたといっていい。

 一方で、放射性物質の拡散を予測する「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」(SPEEDI)の測定結果の公表は、事故から1カ月半後。市民が不信感を抱き、不要な混乱を招いた。

    ◇

 原発の半径20キロ圏内の警戒区域や放射線量の高い地域で、避難を強いられるのは計約15万人。その人たちへの補償をどうするかは未知数だ。そして今、物議を醸しているのは、子どもの健康を守る基準。文部科学省は「年間被曝量20ミリシーベルト」で線引きし、放射線量が高い校庭の利用時間を制限しているが、見直しを求める声も強い。

 ヒロシマ、ナガサキの蓄積がこれから生かされる。低線量で長時間の被曝が続く住民を心身ともにどうケアしていくのか。福島県立医科大などとともに放射線影響研究所(広島市南区)や広島大、長崎大などは、原発周辺の15万人以上を対象にした、30年以上にわたる健康管理を手掛ける。

広島 1945年8月6日

原爆症認定なお続く

あの日

 原爆は米国が世界で初めて、人類の頭上で使用した。広島に投下した原爆の原料はウラン235、長崎はプルトニウム239だった。核分裂の連鎖反応で放出するエネルギー分布は、爆風50%、熱線35%、放射線15%とされる。原発で用いるウラン235は約3~5%の低濃縮なのに対し、原爆は100%近くまで濃縮を高めている。

放射性物質

 葉佐井博巳・広島大名誉教授(原子核物理学)によると、広島の原爆が爆発時に放出したのは、ガンマ線や中性子線。爆心地から100メートルの被曝線量は43万5千ミリシーベルト(435シーベルト)。1・7キロ地点では262ミリシーベルト、2キロ地点では80ミリシーベルトと推定されている。

 原爆はさく裂と同時にセ氏数十万度の火球ができ、本来は固体として存在する放射性物質が気化して拡散した。また、中性子線が当たった土や建物なども放射能を帯びた。原爆投下後に降った「黒い雨」にも、放射性物質が含まれていた。

人体への影響

 1945年末までに亡くなったのは、広島が14万人(±1万人)、長崎は7万4千人と推定される。放射線影響研究所は、被爆者約9万4千人と、非被爆者約2万6千人(入市被爆者を含む)の計約12万人を対象に死因を追跡する「寿命調査」や、さらに約2万3千人を抽出して、隔年で問診や健診をする成人健康調査を実施。被曝線量が高いほど白血病を含むがん発症率や死亡率が高いことなどが分かっている。

補償

 被爆者健康手帳保持者は医療費や、年2回の健康診断費が無料となる。一定の条件を満たした被爆者には、健康管理手当(毎月3万3670円)や、医療特別手当(同13万6890円)が支給される。胎内被曝した原爆小頭症患者への手当などもある。「黒い雨」を浴びた人たちへの援護策については指定地域拡大を求める声が出ている。

現状

 行政が「被爆者」と定義する被爆者健康手帳保持者は約22万8千人(2009年度末)。被爆者の病気が原爆のせいなのか、そうでないのかを判断する「原爆症認定」をめぐっては、司法の場でも争いが続いている。  また被爆2世について、放影研は07年「被爆者の子と非被爆者の子との間に統計学的有意差はなかった」とする結果をいったん発表したが、追跡調査は継続されている。

チェルノブイリ 1986年4月26日(現地時間)

国境越えて内部被曝 あの日

 チェルノブイリでは、原子炉の緊急冷却装置を無効にしたまま作業するなど、作業員が犯した数々の「ルール違反」で、原子炉が制御できなくなった。40秒後には、炉内で爆発が発生。核分裂連鎖反応の「減速材」に燃えやすい黒鉛を使っていたため、火の勢いも強かった。鎮火までの10日間、大量の放射性物質を上空に巻き上げた。

放射性物質

 国際原子力機関(IAEA)などによると、ヨウ素やセシウムなどの放出量は520万テラベクレル(テラは1兆倍)。福島第1原発事故の十数倍とされる。風に乗って北半球全域に広がり、事故1週間後には日本でも雨水から検出された。

 広島大原爆放射線医科学研究所の星正治教授(放射線物理学)の現地調査で、放射性物質を多く含む雨が降った影響で、線量が高い「ホットスポット」が原発から30キロ圏外にも多くあることが判明。放射性物質は、同心円状には拡散しなかったことが分かっている。

人体への影響

 事故後の作業で、原発作業員や救命士たち28人が被曝による急性障害で死亡した。消火活動に当たった消防士は、線量計など十分な備えがなかった。国連科学委員会の2008年報告によると、事故と関連があるとみられる甲状腺がんにかかったのは、子どもを中心に約6千人以上。ヨウ素を含む牛乳を飲むなどしたため、内部被曝したのが原因とみている。IAEAなどは事故の影響による死者を約4千人と推計。WHOは最大9千人としている。

補償

 ウクライナや隣国のベラルーシは、被災者や原発事故の消火作業に当たった人たちに特別な年金を支給し、住宅も提供してきた。  ウクライナ政府が財政難を理由に補償を打ち切る方針を示したことから、今年4月には、被災者が首都キエフで大規模な抗議デモを起こした。

現状

 事故25年目の今年4月、ウクライナのミコラ・クリニチ駐日大使は記者会見。汚染面積について、ロシア、ベラルーシ、ウクライナの3カ国で計1万平方キロを超すとし「農作物や動物での放射能の濃縮は何十年間も続く」との見通しを明らかにした。原発から30キロ圏内は今も居住禁止。爆発した原子炉を覆うコンクリートの「石棺」は老朽化が進んでおり、再び放射性物質が漏れ出す恐れがあるため、新たに耐用年数100年といわれる「鉄の棺」を造る計画が進んでいる。

Q&A

 ―放射線ってどんなもの?
 放射線は目に見えないし、においもない。光の仲間だけど物を通り抜ける能力がある。いくつかの種類があってアルファ線、ベータ線、ガンマ線、中性子線などと呼ばれる。

 難しいのは放射線と放射能、放射性物質の関係。放射線は例えれば、懐中電灯の光。その光を出す能力のことを放射能という。放射性物質とは、光を出す物を指すからここでは懐中電灯となる。

 今回、福島第1原発から漏れているのは厳密に言うと放射線や放射能ではなく、放射性物質だ。原発の中で放射線に汚染されたちりや水などが漏れているっていうことなんだ。

 ―ベクレルとシーベルトの違いは。
 どちらも単位。ベクレルは水や食品に含まれる放射能の強さや量を表す。例えば「ホウレンソウから放射性ヨウ素が1キログラム当たり210ベクレル検出された」などと表現する。シーベルトは放射線を人が浴びた場合の影響の程度を示している。「建屋に約30分入った作業員らの被曝は10・56~2・7ミリシーベルトだった」「校庭の表土の線量は毎時0・2マイクロシーベルトとなった」などとなる。

 ちなみに1シーベルトは千ミリシーベルトで、100万マイクロシーベルトだ。ミリは千分の1、マイクロは100万分の1の意味。1メートルが千ミリメートルで、100万マイクロメートルというのと同じだね。

 ―放射線は人体にどんな影響を与えるの?
 放射線はさっき説明したように物を通り抜ける。人間の体もね。ただそのとき細胞の中のDNAという遺伝に関係した部分を傷つける。

 細胞は自分で修復する性質があるので、放射線量が少なければ影響は表れにくい。ただし一定量以上は問題。髪の毛が抜けるなどの症状(急性障害という)や、数十年も後になってがんや白血病が発症すること(晩発(ばんぱつ)性障害という)を引き起こす。原爆の被爆者が66年がたとうとする今でも健康に不安を感じているのはそんなこともあるからだ。

 急性障害は、比較的短期間に大量の放射線を浴びた場合に起きる。髪の毛が抜けるなどの症状が、遅くとも2、3カ月以内に表れる。線量があまりにも高いと死亡するケースもある。白内障になったり、女性は妊娠できなくなることもある。

 晩発性障害は数年から数十年後にがんができたりするんだ。福島第1原発事故でもがんの発症率を注意深くみておく必要がある。

 ―放射性物質の種類で体への影響は違うの?
 ヨウ素は甲状腺にたまりやすい。甲状腺は喉の側にあってホルモンを出す。チェルノブイリ原発事故では、ヨウ素で汚染された牧草を食べた牛からとった牛乳を飲み、子どもたちの多くが甲状腺がんになった。

 セシウムは筋肉やさまざまな臓器に吸収され、がんを起こしやすい。ストロンチウムは骨に蓄積し、骨のがんや白血病を引き起こす。プルトニウムも骨肉腫の原因になるといわれている。

 ―「半減期」って何?
 放射性物質はベータ線やガンマ線を出しながら、最終的には放射性ではない別の物質に変わる。元の物質の半分が放射能を失うまでの時間を半減期というんだ。ヨウ素は8日で、8日後に2分の1、16日後は4分の1、24日後は8分の1…という具合に放射能がなくなっていく。

 そして半減期には「物理的」「生物的」の2種類の捉え方がある。生物的というのは体の中にとどまっている期間という意味だよ。

 例えばセシウムの物理的半減期は30年だけど、生物的半減期は約100日。1年後には、ほとんどがおしっこやうんちにまじって出ていく。プルトニウムは物理的半減期が2万4千年とものすごい期間、放射線を出し続ける。体内でも数十年にわたって体をむしばむんだ。

 ―放射線はどの程度浴びると危険なの?
 7千ミリシーベルト以上を全身に浴びるとすべての人が死亡する。5千~3千ミリシーベルトは50%。これは世界の放射線の専門家たちで構成する国際放射線防護委員会(ICRP)が作った基準だ。

 この基になったのは広島、長崎の被爆者の調査。被爆していない人の集団と、がんの発症率を比べると、千ミリシーベルトの被爆で1・5倍増えることが明らかになっている。これまでの研究では、被爆者の子どもへの遺伝的影響は認められていないんだ。

 ―少しでも浴びると危ないの?
 いや、人間は普段から、年間2・4ミリシーベルト(世界平均)の放射線を浴びている。呼吸による被曝が最も多く、1・26ミリシーベルト。空気中に放射線を出す気体ラドンなどがあるためだ。他にも宇宙や大地などから放射線を受けている。病院でCT検査をすると1回当たり6・9ミリシーベルト、胃のエックス線検査は0・6ミリシーベルト被曝するんだ。

 ―国は被曝する年間の合計が20ミリシーベルトを超えそうな地域の住民に避難を求めているよね。
 ICRPは自然界や医療以外で、一般市民が人工的に浴びる線量の限度を年間1ミリシーベルトと設定している。だけど例外があって、今回の原発事故のような緊急時には20~100ミリシーベルトの範囲で対策を取るよう勧告している。国が今回、勧告の下限である20ミリシーベルトを目安にした背景には、1ミリシーベルトで線を引くと、もっと広い範囲が避難対象となり、社会的混乱が大きくなると考えたようだ。

 ―20ミリシーベルトの基準で本当に大丈夫?
 実のところ、長時間にわたって低線量を被曝した場合の影響は、まだよく分かっていない。ただし、子どもは大人よりも注意すべきだ。成長期は細胞分裂が活発なので放射線の影響を受けやすいとされるからだ。

 ―今注意すべきことは。
 体の表面に放射線を浴びる「外部被曝」の危険は現段階では、かなり低くなった。今後も対策を続けるべきなのは「内部被曝」。飲食や呼吸などで体内に放射性物質が入らないように気を配る必要がある。学校のグラウンドの土を除去しようとする動きは、子どもたちが走り回って放射性物質を土ぼこりとして吸い込まないようにするためなんだ。

(2011年5月15日朝刊掲載)     

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