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3.11とヒロシマ

『フクシマとヒロシマ』 第1部 おびえる大地 <1> 消えた歓声

■記者 河野揚

園庭に「見えぬ恐怖」

 遊ぶ園児の楽しそうな声が庭から消えて2カ月。代わりに重機が低い音を立て、土を掘り起こす。福島第1原発から北西約50キロ、福島県二本松市にある石井幼稚園。放射性物質で汚染された土の表面の削り取り作業が進んでいる。子どもたちに健康被害を出さぬよう試行錯誤が続く。

 「国は基準以下ではがんの影響はほとんどないと言うけれど…。万が一、娘ががんになったら」。長女(5)を迎えに来た主婦八巻裕子さん(28)は心配でたまらないという表情を浮かべた。土が盛られた園庭を足早に過ぎる。園長の高田京子さん(53)も「外で遊ばせるのは不安。土を削っても気休めにしかならない」と当惑する。

 文部科学省は既に新学期に入っていた4月19日、幼稚園や学校などでの屋外活動を制限する放射線量の基準を「年間20ミリシーベルト」「1時間当たり3・8マイクロシーベルト(マイクロはミリの千分の1)」と発表した。国際放射線防護委員会(ICRP)が事故収束後の基準値と勧告した1~20ミリシーベルトを踏まえた数値だ。

「大人の基準」

 だが「児童や園児に大人の基準を当てはめるのか」との保護者や専門家の批判に押される形で福島県郡山市が独自判断で表土の除去をスタート。二本松市なども続いた。

 実際、地表1センチで毎時3・84マイクロシーベルトを観測していた石井幼稚園では、表土を取り除いた後、約3分の1に減少した。文科省によると、チェルノブイリ原発事故の際には、汚染された表層の土を下層と入れ替える手法がとられたという。  一方、表土除去をしていない福島市の小学校に長女(9)が通う団体職員渡辺かほるさん(43)は「毎朝、やりきれない思いで娘を見送るしかない」。外出後の衣類はポリ袋に入れる。換気扇と水道水は使っていない。線量計まで買ったが「娘を守りきれるのか」と常に不安がつきまとう。

国の対応遅れ

 福島県放射線健康リスク管理アドバイザーに就いた広島大原爆放射線医科学研究所の神谷研二所長は「文科省が具体的な(被曝(ひばく)の)低減策を示すのが遅れたため、保護者の不安を招いた」と指摘する。

 「見えない恐怖」に、戸惑う地域。保護者らでつくる「子供たちを放射能から守る福島ネットワーク」代表の中手聖一さん(50)は「校庭で部活をするのに親に同意書を書かせた学校もある。国が地方任せにして、きちんと対応しないから地域の混乱は大きくなるばかりだ」と憤る。

 国が示した「年間20ミリシーベルト」をめぐっても、専門家の間で激しい議論が続く。「幼児に適用するのは受け入れられない」。内閣官房参与だった小佐古(こさこ)敏荘(としそう)東京大大学院教授は4月29日、記者会見で参与の辞意を表明。そう訴えた。


◇「フクシマとヒロシマ」第1部は放射能汚染された「土」に焦点を当てます。

(2011年5月16日朝刊掲載)

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