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3.11とヒロシマ

『フクシマとヒロシマ』 第6部 チェルノブイリから <2> 甲状腺がん

背景に汚染食品の流通

 首筋にU字形の手術痕が約25センチにわたってある。ベラルーシのミンスク市で暮らす女性リュドミラ・ウクラインカさん(35)。19年前、15歳の時に腫瘍ができた甲状腺を左右とも全摘出した。

 成長や代謝を支えるホルモンの分泌器官を失い、体調は優れないという。「傷を見ると、どうしても事故を思い出す」。首筋を隠すため、ハイネックの服ばかりを着る。

 チェルノブイリ原発事故の健康被害の一つに挙げられるのが甲状腺がん。放射性ヨウ素による内部被曝(ひばく)が原因とされる。国連科学委員会は、子どもを中心に約6千人が発症、15人が死亡したと報告している。

 内部被曝を引き起こしたのは、牛乳やキノコなどの汚染食品。旧ソ連政府は出荷や流通を規制するのに手間取り、国民への注意喚起も怠った。「私の場合は、野イチゴじゃないかしら。森でつんで、よく食べたから」。娘の肩に手をやり、伏し目がちにつぶやく。当時暮らしていた町は、線量が局地的に高くなった「ホットスポット」だった。

日本は出荷制限

 この内部被曝の教訓は多少なりとも、福島第1原発事故で生かされた。例えば牛乳。政府は事故11日後ではあったが出荷を制限した。「それもあって福島では、甲状腺がんは少ないのでは」と、広島大原爆放射線医科学研究所(原医研)の田代聡教授(49)は推測する。「断言はできないが」との前置きは忘れなかった。

 福島県は今月から、原発事故当時に18歳以下だった約36万人を対象にした甲状腺の超音波検査を始めた。世界でも比類のない規模。生涯、定期的に続けるという。

数年後から増加

 チェルノブイリで甲状腺がん患者が増え始めたのは、事故から4、5年後。ベラルーシの女性アリョーシャ・スビャトーシクさん(25)は事故から20年後、19歳の時に見つかった。「まさか自分の身に降りかかるなんて」

 事故当時は母親のおなかの中だった。ヨウ素の半減期(元の物質の半分が放射能を失うのにかかる時間)は8日間と短い。発症の原因は定かではない。

 「甲状腺がんのメカニズムは、まだ完全に解明されていない」と、ベラルーシの国立研究機関、医学再教育アカデミーのユーリー・ガリン副学長(42)は言う。「福島でも患者が出ないとは言い切れない。慎重に調べる必要がある」と強調する。

 ベラルーシ南西部のブレスト市にある内分泌の専門医療機関。甲状腺がんの検査を受けるため、待合室や廊下に約30人が並んでいた。一様に不安そうな面持ちで名前が呼ばれるのを待つ。この日全員が甲状腺の細胞を注射器で抜き取って検査。その結果、少なくとも2人ががんと分かった。(河野揚)

(2011年10月28日朝刊掲載)

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