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3.11とヒロシマ

『フクシマとヒロシマ』 第6部 チェルノブイリから <5> 被災者手帳

救済息切れ 自立の動き

 15歳の秋。がんが見つかった甲状腺の摘出手術を受けた。チェルノブイリ原発から北東120キロ。ベラルーシ南部のゴメリ市に住むエレーナ・クチーロバさん(32)だ。自動的に病院が政府に申請し、手帳とカード2枚を受け取った。

医療費が無料に

 「これがあると、医療費は無料。特別手当ももらえるのよ」。こう話すクチーロバさんの顔に笑みはない。手術から17年間、体調は優れない。

 健康被害が認定されると、政府からパスポート大の手帳が発給される。保持者は人口約970万人のベラルーシ国内で約1万人。月50万ベラルーシルーブル(約5千円)の特別手当がある。共働きのクチーロバさん夫婦の月収は114万ベラルーシルーブル(約1万1千円)。それと比べても、決して少なくない額だ。

 また見開きのカードを提示すれば、医療費や薬代が無料になる。もう1枚は光熱費や公共交通機関の無料パス。しかしこちらは2007年、打ち切られた。一連の救済事業に掛かったのはこの25年で約140兆ベラルーシルーブル(約1兆4千億円)。国家予算の約2年分にあたる。この負担に耐えかねたとみられる。

 福島第1原発事故の被災者救済策として、日本被団協は同じような手帳制度を4月、国に要望した。念頭にあるのは、医療費が無料になるほか、どの都道府県でも無料健診を受けられる被爆者健康手帳だ。手帳の保持者は国内に約22万人いる。

 しかし日本被団協の求めに対し、内閣府は「現段階で手帳をつくる予定はない」との考えを崩さない。健康被害が万が一出た際の金銭的補償については、国は方針すら示していない。無料健診は福島県が取り組むが現段階では、受診は県内限定だ。

 インフレが進むベラルーシ経済。その中で先細りする原発被災者への補償。それを受けてゴメリ市のナターリア・コバリョーバさん(57)は16年前から被災者の就職支援に取り組んできた。手に職を付けることで少しでも収入に結びつけてほしいとの願いからだ。

雇用の場を創出

 ロシア人形などを手づくりする工場を開設。最大約40人の雇用を生み出した。不況の荒波にあおられ、縮小したものの今も5人が収入の糧をそこで得ている。

 「補償だけでは被災者が救われないと気付いた。本当に必要なのは雇用の場を創り出すことよ」

 チェルノブイリ原発事故を受けたベラルーシ、ウクライナ両国の四半世紀にわたる取り組みと反省点。それは今日本政府のやるべきことを浮き彫りにしている。(河野揚)=第6部おわり

(2011年10月31日朝刊掲載)

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