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3.11とヒロシマ

『フクシマとヒロシマ』 震災9ヵ月 見えぬ復興

 福島第1原発事故から間もなく9カ月。福島県内は既に初氷を観測し、最低気温が氷点下となる日が続いている。避難生活者はなお15万人余り。目に見えない放射性物質は元通りの生活を取り戻すことも、古里に帰ることも阻む。「復興」。それに向けたさまざまな取り組みは始まっている。しかし―。除染やがれき処理など、課題の山は視界を防ぐ。師走の福島を歩いた。(下久保聖司、山本洋子、河野揚)


除染

大量の汚染土 行く先は

 福島市郊外の大波地区。のどかな山里に、重機のエンジン音が響き渡る。原発の北西約55キロに位置し、放射線量が局地的に高い「ホットスポット」ができた。重機で民家の庭土を削り取り、屋根には高圧洗浄機で瓦を洗う作業員の姿。放射性物質の除染作業が、市内19地区の先頭を切って10月から続いている。

 約360世帯1300人が暮らす。農業加藤キイさん(73)宅の庭は除染の結果、毎時約3マイクロシーベルトだった線量が半分に減った。  年明けから本格化する除染作業は、前途多難だ。対象となる年間積算線量が1ミリシーベルトを超える地域は、環境省の試算によると、福島と宮城、東京など計10都県で1万1600平方キロに及ぶ。国は本年度と来年度だけで、約1兆2千億円の費用が必要と見込む。

 放射能を帯びた土壌や落ち葉を、どこに持っていくのか―。市町村ごとに設ける仮置き場で3年程度保管。その後、大規模な中間貯蔵施設に集めて30年、さらには最終処分場へ。国はそう計画する。

 現実はしかし、厳しい。仮置き場の用地確保は思うように進んでいない。各地域で「地下水汚染が心配だ」「自分の家や土地の近くに、持ってこられたら困る」などの反発があるからだ。他にも、広大な山林をすべて除染できるのか。国は具体的な計画を描けていない。


計画策定

国・福島県の動き重く

 東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手、宮城両県は9月までに復興計画を作った。一方、福島県の計画策定は遅れている。有識者らの検討委員会が、県の素案を大筋了承したのは11月末。農家支援や避難者対策など710事業を盛り込んだ。県は県民からも意見を募り、年内には決定したい考えだ。

 「原発事故の全責任は国にある」。原発推進の一端を担った県の変わり身は早かった。しかし県民の目にそれは責任転嫁にも映る。「省庁の利権争いが絡むハコモノ整備より、県から国に何をしてほしいか、訴えるべきだ」。検討委で委員からくぎを刺された県幹部は返答に窮した。

 そもそも復興に向けた国の動きが遅かった。除染工程表を発表したのは、事故から7カ月が過ぎた10月末。その間、首相交代などの政争に、ただ時間が浪費された。

 復興という言葉は、市民にとって現実的な響きを持っていない。「先が見えない」。仮設住宅などで避難生活を送る人たちは、口をそろえて嘆く。

≪復興関連の予算や事業≫
 政府は7月、東日本大震災の復興・復旧に今後10年間で23兆円を投じる方針を表明した。11月成立の第3次補正予算は復興関連の9兆2400億円を盛り込んだ。

 汚染濃度が一定基準を超えた廃棄物は国が処理することなどを盛り込んだ放射性物質汚染対処特別措置法は来年1月施行。来年の通常国会では「福島復興再生特別措置法」(仮称)を提出し、他の被災地より企業の税優遇などの特例措置を講じる方針。

 除染は年間積算線量が1~20ミリシーベルト未満の地域は、市町村が担う。原発20キロ圏内の警戒区域や、年間線量が20ミリシーベルトを超す地域は国が受け持つ。その費用は国が立て替え、最終的には東京電力が支払う。


住民「まず将来像を」 原発周辺 双葉郡8町村調査

 避難生活を強いられている福島県民は何を求めているのか―。福島大が原発周辺の双葉郡8町村の全世帯を対象にアンケートしたところ、復興計画づくりと産業振興の声が多かった。復興を肌で感じる取り組みを要望している。

 全世帯の47.8%に当たる1万3463世帯が回答した。

 復興に向けた課題(複数回答)を尋ねると、「双葉地方全体の復興計画づくり」が48.5%と最多。具体的な要望としては、「若い世代の雇用確保などの産業振興」(44.5%)「高齢者施設や医療施設の充実」(32.2%)が挙げられた。

 ただ元の居住地へ戻る意思を問うと、26.9%が「戻らない」と回答。年代別では34歳以下が52.3%で、若い世代ほど古里帰還の意欲が薄れていた。

 戻らない理由(複数回答)は「除染が困難」が83.1%。「国の安全宣言のレベルが信用できない」が65.7%だった。

 一方、戻る意思がある人でも待てる年数は、「1~2年」が37.4%で、「1年以内」を含めると50.2%に達した。「いつまでも」と答えたのは14.6%にとどまった。

≪調査方法≫
 福島大災害復興研究所が9月、浪江、富岡、大熊、楢葉、双葉、広野の6町と川内、葛尾の2村の協力を得て、避難者名簿に掲載されている2万8184世帯にアンケートを送付した。世帯の代表者1人に記入してもらった。集計結果は11月に発表した。


結果分析

丹波史紀・福島大准教授に聞く

 福島県双葉郡8町村の全世帯アンケートをした福島大災害復興研究所の丹波史紀准教授(社会福祉論)に、結果分析を聞いた。

 ―元の居住地に「戻る気がない」の回答が26・9%。この結果をどう捉えていますか。
 震災だけの避難なら、帰還希望者はもっと多いはずだ。古里への愛着を問うと、すべての世代で60~70%台。「戻る気がない」の回答が半数を占めた34歳以下も愛着は約60%だった。問題はやはり、放射能汚染。自由記述欄には「若い世代が住めないと復興は無理」との意見があった。8町村の首長らも、集計結果にショックを受けたようだ。

 ―国や市町村が実行、計画する除染を「困難」とみる意見が8割を超えました。どう見ますか。
 根っこにあるのは、国への不信感。事故後の情報隠しが影響している。除染は膨大な費用だけでなく、長い時間がかかる。避難生活の限度は「3年以内」が74・1%だった。自由記述からは、国による土地買い上げを求める人が少なくないことも分かった。国は早急に住民意識調査をして、きめ細かい支援策を示すべきだ。

 ―広島での被爆3世だと聞いています。広島の経験が生かせる支援策はありますか。
 原発事故で福島県外への避難者が6万人を超えた。被曝(ひばく)の晩発性障害は数年から数十年後に出る可能性がある。将来にわたり避難者を追跡、サポートする必要がある。私は「被爆者はどこにいても被爆者」という理念に共感している。全国どこでも医療を受けられる被爆者健康手帳のような制度をつくるべきだ。

たんば・ふみのり
 1973年愛知県あま市生まれ。日本福祉大大学院修了。知的障害児施設の指導員や姫路日ノ本短大専任講師を経て、2004年から現職。浪江町復興検討委員会の委員も務める。


◆福島第1原発事故の被災地復興をめぐる動き

 3月11日 東日本大震災により福島第1原発で事故
 4月14日 政府の復興構想会議初会合
    15日 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が初会合▽東京電力が1回目の賠償金仮払いを1世帯
        100万円と決定
    17日 東電が事故収束に向けた工程表を発表
    21日 福島県内の避難者が仮設住宅への入居を開始
    22日 警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域を設定
    27日 福島県郡山市で、校庭の表土を削り取る作業始まる
 5月10日 警戒区域の一時帰宅が福島県川内村の住民から始まる
    15日 福島県飯舘村で全村避難開始
    27日 福島県の県民健康管理調査検討委員会の初会合
 6月 7日 政府の事故調査・検証委員会が初会合
    27日 福島県の県民健康管理調査の先行調査が始まる
 7月24日 福島県が事故当時18歳以下の36万人への甲状腺検査などを盛り込んだ詳細調査の概要を決定
    25日 政府が緊急時避難準備区域の解除に向けた計画を発表
 8月25日 政府が福島県の肉牛の出荷停止(7月19日~)を解除
    26日 原発の半径3キロ圏内の福島県大熊、双葉町民が一時帰宅
    27日 菅直人首相が、放射性物質を含むがれきなどの中間貯蔵施設を福島県内に設置したい意向を示す
    29日 賠償のトラブルの和解を仲介する「原子力損害賠償紛争解決センター」が東京都内で開所
 9月 8日 野田佳彦首相が就任後初めて福島入り
    19日 細野豪志原発事故担当相がウィーンでの国際原子力機関(IAEA)総会で、原子炉冷温停止は「年内
        達成を目指す」
    21日 東電が、企業や農家に対する賠償基準を発表
    26日 原子力損害賠償支援機構が本格的に業務開始
    30日 原発20~30キロ圏内の緊急時避難準備区域を一斉解除
10月 2日 細野原発相は年間被曝線量が1~5ミリシーベルトの地域の除染費も国が支援すると表明。当初は
        5ミリシーベルト以上の予定だった
     9日 福島県の子ども全員に対する甲状腺の被曝検査が始まる
    27日 国の食品安全委員会は、食品からの被曝で「健康影響は生涯累積で100ミリシーベルト以上」とする
        評価をまとめる
    28日 原子力委員会が、福島第1原発廃炉に30年以上かかる見通しを示す
    29日 政府は、福島県内の汚染土の中間貯蔵施設を2015年から稼働させる工程表を発表
11月 2日 福島第1原発2号機の炉内での核分裂反応が原因とみられる放射性キセノンを検出した、と東電が発表
    16日 政府は、原発20キロ圏内の警戒区域の除染作業に陸上自衛隊を派遣する方針を固めた
    17日 福島市大波地区のコメから国の基準値を超える放射性セシウムが検出された問題で、政府は出荷停止
        を指示
    29日 政府は、国の基準値以上のセシウムを検出した福島県伊達市の旧小国村と旧月館町で作ったコメを出
        荷停止指示
    30日 臨時増税を盛り込んだ復興財源確保関連法成立
12月 1日 福島県の震災復旧・復興本部会議は福島第1、第2原発の全10基の廃炉を国、東電に求める方針を確認
     5日 福島市渡利地区のコメから基準値を超えるセシウムが検出された問題で、政府は旧福島市のコメの出
        荷停止を指示

(2011年12月6日朝刊掲載)

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