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被爆の影響なお未解明 首相判断に注目 「原爆症」認定 被爆者1%以下の現実

■編集委員 籔井和夫

 国が認定する「原爆症」の範囲は狭すぎる―。被爆者団体や科学者は、国が決めた認定基準では残留放射線や内部被曝(ひばく)の影響が無視されるとし、被爆者たちが認定範囲の拡大を求めて全国各地で訴訟を起こしている。これまでのところ、地裁レベルでは国が6連敗。どう解決するかは、被爆から63年になる2008年の大きな政治課題の一つに浮上している。背景には、原爆による放射線被害にはいまだ未解明の部分があるという事情も絡んでいる。

 日本政府は戦後、米国による原爆投下の被害を受けた被爆者への支援を怠り、医療費を支給する原爆医療法(原子爆弾被爆者の医療等に関する法律)を制定したのは1957年と12年も経ってから。支援を充実させた被爆者特別措置法(原子爆弾被爆者の特別措置に関する法律)を制定させたのは1968年だった。一層の充実を求める声に押され、国は被爆49年の1994年、2つの法律を一本化した被爆者援護法(原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律)を制定し、各種手当の支給を制約していた所得制限を撤廃した。

 現在の被爆者は国内外に約25万人。このうち、原爆の放射線が原因になっているとみられる病気(一般に原爆症と呼ぶ)になった被爆者に対し、医療特別手当を支給するのが原爆症認定制度だ。国が原爆症と認定する被爆者は全体の1%以下にとどまり、認定の範囲が狭いという不満が被爆者の間に根強く、被爆者団体は2003年から全国各地で認定を求める集団訴訟を起こすようになった。これらは「原爆症認定集団訴訟」と呼ばれ、約300人の被爆者が15地裁・6高裁で認定を求めている。

 これまでの地裁段階の判決では、広島、大阪、名古屋、仙台、東京、熊本の6地裁でいずれも国が敗訴、原告の被爆者が勝訴している。与党が2007年7月の参院選で大敗したこともあり、世論に押された安倍晋三首相(当時)は同年8月6日、平和記念式典に出席するために訪れた広島市で認定基準の見直しを表明せざるを得なかった。

 見直しの行方が注目されていたが、厚生労働省が設置した専門家による検討会は同年12月、従来の認定基準を支えてきた「原因確率」という考え方を踏襲する見直し案をまとめ、被爆者団体の批判を浴びた。国が敗訴した地裁の判決は一様に、「原因確率」を柱とする国の認定基準の科学的妥当性に疑問を突きつけていたからである。

 これに対し、同じく見直しの必要性を指摘してきた自民、公明両党による与党プロジェクトチームは、「原因確率」という考え方をとらず、認定の範囲を拡大する案をまとめ、福田康夫首相に提言。首相がどういう判断を下すかが、2008年初めの注目される課題になっている。

 何を持って被爆者のかかった病気を原爆が原因だと判断するかをめぐっては、日本、いや広島の専門家の間にも見解の相違が残っている。それは例えば、被爆者にがんが多発することは疫学研究の結果から分かっていても、個々の被爆者についてがんの原因が原爆の放射線に起因するかどうかを区別できないという今日の科学が持つ限界もある。また、被爆当時の内部被曝や残留放射線の影響など、未解明のままになっている問題もある。

 被爆者が原爆によって被った健康被害の全体像には科学的に未解明の部分が残っているという事実を踏まえ、福田首相はどういう対応策を打ち出すのか。年老いていく被爆者は首相の政治決断を求めている。

残留放射線
核分裂により生まれた「初期放射線」に対し、①分裂しなかったウランなどから出る放射線②初期放射線を受けたことで土などが放射化して出す誘導放射線のこと。

内部被曝
放射線により汚染されたものを飲食したり、放射性物質を吸い込んだりすることで被曝すること。傷口などから放射性物質が血管に入ることもある。

原爆症認定と原因確率
 被爆者健康手帳を持つ被爆者が原爆放射線が原因でがんや白血病などの病気になり、治療が必要と判断されると、厚生労働相が「原爆症」と認定、月額約13万7000円の医療特別手当が支給される。がんや白血病の認定審査では、可否を決める目安として原因確率が使われ、爆心地からの距離に応じた推定被曝(ひばく)線量に年齢、性別を加味し、放射線の影響を受けた可能性がある確率を算定。50%以上なら影響の可能性が高く、10%未満なら低いと判断される。被曝線量推定方式は爆発時の初期放射線を基にし、放射性降下物や誘導放射線など残留放射線の影響を過小評価しているとして、被爆者団体は①原因確率に基づく現行基準の廃止②原爆関連9疾病の無審査認定―などを求めている。

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