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社説・コラム

『この人』 土門拳賞を受賞した島根県津和野町出身の報道写真家 桑原史成さん

「水俣」半世紀追い続ける

 半世紀を超える水俣病取材で記録した約3万カットから厳選した写真集と個展で、リアリズム写真の巨匠の名を冠した第33回土門拳賞を射止めた。

 東京の写真専門学校で知った米国の記録写真に感銘を受け、ドキュメントを志した。学生時代、広島の原爆被害を記録しようと考えたことがある。「当時は土門さんが『ヒロシマ』を発表した直後。圧倒的な表現力の差に、独自のテーマを探すようになったことが写真家としての出発点」と振り返る。

 東京農業大を卒業直後の1960年5月。帰省の途の夜汽車で読んだ週刊誌に載っていた水俣病のルポ記事。「胸に熱いものがこみ上げた。人生が変わった」。間もなく、患者が続出した熊本県水俣市の漁村へ単身で飛び込み、胎児性患者とその家族たちと向き合った。

 65年に最初の写真集「水俣病」を出版。「私は終生、この水俣病をみつめたい」と決意をつづった。韓国の民主化運動や泥沼化したベトナム戦争など、国際報道の最前線で活躍する間も水俣を忘れなかった。「記録し続けることが時代を的確に表現する力になる」と確信する。

 土門拳賞受賞者では最高齢。「水俣」という重いテーマを追い続ける仕事に光が当たった。「集大成に」と昨年9月に出版した写真集の題名は「水俣事件」。「若い世代に、単なる『病』と誤解してほしくない。人々が理不尽に苦しめられた『事件』として記録したかった」と力を込める。

 津和野町に暮らす父(100)の介護で帰省の機会が増えた。「親類や幼なじみが受賞祝いを開いてやると、飛行機の切符を送ってくれた」と笑った。東京都江東区在住。(石川昌義)

(2014年4月17日朝刊掲載)

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