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センター開設記念鼎談 核兵器廃絶へ ヒロシマの発信力を高めよう

国際協力機構(JICA)副理事長 大島賢三 氏
広島平和文化センター理事長 スティーブン・リーパー 氏
中国新聞社社長 川本一之 氏

【開設の意義】

川本 ] 原子爆弾が一九四五年八月六日、人類史上初めて広島に投下されて六十三年を迎えようとしています。原爆により社員の三分の一にあたる百十三人を失った中国新聞はこの日、人的にも物的にも甚大な被害を受けました。以来、広島が体験した事実と、ノーモア・ヒロシマの訴え、核兵器廃絶と世界平和の必要性をいろんな形で報道してきました。

 一方で地方紙であるため、中国地方以外への情報発信は十分されたとはいえません。このため国境を越えた情報発信の手段であるインターネットを通じ、この原点からの情報を国内外に発信しようと、一日付で「ヒロシマ平和メディアセンター」を設立しました。きょうはお二人に、われわれへのご提言をいただければ幸いです。

大島 ] 広島からの発信は非常に重要なことですね。英語でも発信していく意義は大変に大きい。インターネットの時代。広島からのメッセージを世界の隅々に届けることは、ほかの手段を通じるよりもはるかに効果的です。ぜひ成功してほしいし、必ず大きな反響を呼ぶと思う。

リーパー ] 平和について信頼できるメディアの存在は非常に大事ですね。米国でもヒロシマは尊敬されていますよ。長い間、被爆者があちこちで発言してきた蓄積があるからでしょう。広島からの発言は大事です。ただ気をつけないといけないのはインターネットの世界では政治的に、イデオロギー的に偏ったものが発信されることも多いので、真実を言うこと。そして信頼を壊さないことです。

大島 ] そうですね。このセンターが情報源となることも重要でしょう。センターのサイトにアクセスすれば、軍縮や核不拡散の問題について、どこでどういった議論が繰り広げられているのか、どこで国際会議があるのかなどが分かるという内容を目指してはどうでしょうか。また広い意味で平和に関心をもち、活動をしている団体とリンクしていくことが必要でしょう。そこが偏っていなければという前提ですが。

リーパー ] このセンターのサイトがあるということを世界の人に知ってもらうためのPR戦略も必要ですね。

川本 ] 国境を越えた双方向の意見交換が、新聞とウェブでできないかと考えています。

リーパー ] アフリカや南米、米国などから定期的に核軍縮への取り組みなど「今動いていること」を寄稿してもらうといいと思います。世界で二千近い都市が加盟している平和市長会議は信頼できる平和活動家などを紹介できますよ。

【世界の現状】

川本 ] 一九七〇―八〇年代には国連軍縮総会が重ねて開かれ、核兵器廃絶や反核のうねりが世界に広がりましたが、ソ連崩壊後の九〇年代に入り核問題への関心が低くなりました、そして九〇年代後半には再び「力の政治」が国際社会で頭をもたげてきました。二〇〇一年の米中枢同時テロ以降はテロと報復戦争の時代に入り、さらに力の政治に拍車がかかったように思います。

大島 ] 国際社会で非常に問題になっているのは、核の拡散の問題ですね。核拡散防止条約(NPT)があるとはいえ、崩壊の危機にひんしていると言われて久しい。五年ごとにNPTの再検討会議も開かれているが、最近は具体的な成果がほとんど見られない。むしろ失敗している。

 個人的な経験から言うと、核軍縮を進めるのは非常な困難が伴います。NPTの本旨に戻れば、一方で核不拡散を約束しつつ、核兵器保有国は核軍縮を約束する、という取引になっているはず。ところが、核軍縮がほとんど進んでいない。核保有国が「不拡散、不拡散」と繰り返し言っても、客観的に見ると何か欠けているのではないか、という雰囲気が国連の中でも強いです。

 また今一番恐れているのは、核抑止の均衡が崩れて、大戦争や大惨事が起こるのではないか、ということです。核や大量破壊兵器がテロリストたちに渡る恐れもある。以前米国に住んでいたころ、国民の間で不安感が増しているようにも感じました。

リーパー ] 平和市長会議に加盟するほとんどの都市が「核廃絶すべきだ」、と主張しているにもかかわらず、核廃絶の声が世界の主流になっていません。必要なことは、各国の市長とともに、反核の声を国レベル、世界レベルにまで広げることです。二〇一〇年のNPT再検討会議に向け、草の根レベルから「絶対核兵器は使ってはいけない」「絶対戦争はいけない」という雰囲気をつくるべきだと考えています。

大島 ] 二〇〇五年五月に、ニューヨークにある国連本部ロビーで原爆展を開きました。長年できなかったことが実現できたんです。今年四月には、広島市の産学官連携組織「爆心地復元映像制作委員会」が企画したコンピューターグラフィックス(CG)などで再現した映像作品「ヒロシマ グラウンド ゼロ~あの日、爆心地では」を国連で上映し、大きな反響を呼びました。

 国連でもさまざまな形で新しい動きが出ている。こういった活動が徐々に広がれば、核廃絶に向けた大きな動きにつながるかもしれません。

川本 ] 今年九月に主要国(G8)議長サミットが広島で開催されます。広島でG8のトップクラスを集めることはヒロシマの悲願でもありました。この機会を使って、NPT条約の再検討を促してもいいかもしれません。

リーパー ] G8の議長サミットが広島で開催されるのは大きな前進です。米国からの出席者はナンシー・ペロシ下院議長。大統領、副大統領に次ぐ立場の人の広島訪問は大きなチャンスです。このきっかけを大事にしたい。

【担うべき役割】

川本 ] 世界のヒバクシャ救済など、広島だからこそできる役割とは何でしょうか。

大島 ] まずは、記録、記憶を絶やさないことが一番大事です。センターの重要な仕事もそこにあるでしょう。ただ過去ばかりを振り返った後ろ向きの報道だけでなく、平和の探求、平和構築など、前に進んでいくことも大切です。過去の原爆の悲惨さを国内外に向けて訴え続けることは無論大切だが、それだけでは限界があります。

 最近、広島から発信する「平和」や「ノーモア・ヒロシマ」のメッセージに、より広い意味を持たせることが見直されています。「平和の聖地」ですから。例えば外務省が広島大に事業委託している人材育成プログラム「平和構築の寺子屋」事業などは、積極的で、前向きでいい取り組みだと思います。

川本 ] 広島で平和をつくる人材が育つという意味で大きな期待を寄せています。

大島 ] 平和構築の分野は、日本が手がけやすい分野です。各国でも関心が高く、取り組もうとしている国も多い。ただ開発分野もあれば緊急人道援助、保健医療など、さまざまな制度や枠組みに関係する。同じ行政でも、治安関係を改革するには警察や軍なども対象となり、扱いが単純ではない。難しさも伴います。

 あまり広げすぎて焦点がぼけてはいけませんが、最近関心が高まっている地球温暖化も紛争や戦争の原因になり得ます。今年四月には国連の安保理が地球の気候変動を取り上げましたが、この背後には紛争に発展する可能性もあるという問題意識がある。単なる緊急援助や開発援助を超えて、人類の安全保障や平和に最終的にはつながる重い問題です。

川本 ] 新しい国際状況を考慮しながら被爆地広島からの情報を発信しなければなりませんね。

リーパー ] 広島が今まで発信してきたメッセージは、まず核兵器廃絶があって、そのために戦争そのものもしない、ということでした。そこから「復讐(ふくしゅう)ではなく和解の道を選ぼう」という哲学が生まれてきました。世界が危ない分かれ道に立っている今こそ、センターはこの広島のメッセージを世界に伝えるべきではないでしょうか。

川本 ] そうですね。核時代の幕開けが広島にあったとするならば、ここに拠点を置くメディアとしてわれわれは核兵器廃絶と世界平和の実現に向け、新たな一歩を踏み出したいと思います。きょうはありがとうございました。

大島賢三(おおしま・けんぞう)
前国連大使。67年外務省入省。2001年国連事務次長(人道問題担当)。昨年10月より現職。広島市東区出身で、2歳の時に被爆。母親は被爆死した。64歳。

スティーブン・リーパー
米イリノイ州出身。85年に来日し、原爆資料館の資料翻訳や平和運動に取り組む。02年から平和市長会議のスタッフに。昨年4月より現職。60歳。

川本一之(かわもと・かずゆき)
68年入社。ニューヨーク支局長時代(87-90年)は連載「世界のヒバクシャ」や国連軍縮特別総会なども取材。06年3月から現職。広島市安佐南区出身。63歳。

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