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社説・コラム

波紋 特定秘密保護法 廃止・慎重運用論 根強く 

法律家ら情報公開の後退懸念 施行前の問題提起に力

 機密情報の漏えいに対する罰則を強め、国民の「知る権利」を侵害する恐れがある特定秘密保護法の成立から4カ月が経過した。政府は年内の法施行を目指しているが、市民活動や行政の情報公開を後退させるとの懸念から、法の廃止や慎重な運用を求める声が依然として強い。法律家や市民団体の動きを追った。(根石大輔)

 「憲法違反は明白。施行前に問題提起しないとだめだ」。静岡県弁護士会所属の藤森克美弁護士(69)が、静岡市の事務所で語気を強めた。特定秘密保護法は違憲で無効として2月、国に施行の差し止めを求める全国初の訴訟を静岡地裁に起こした。

 防衛、外交などの情報を「特定秘密」に指定し、漏えいすれば最高で懲役10年を科す特定秘密保護法。藤森弁護士は「国は、テロやスパイの防止を口実にあらゆる情報を半永久的に秘密にできる」と指摘。「平和主義、国民主権、基本的人権の尊重という憲法の基本原理に違反する」と訴える。

 提訴に踏み切ったのは、「国は都合の悪いことを隠す」との確信があるからだ。1972年の外務省機密漏えい事件で、有罪判決を受けた元毎日新聞記者の西山太吉さん(82)の国家賠償訴訟の弁護を続ける中で痛感させられた。

 西山さんは、沖縄返還協定で米側負担と定められた軍用地の原状回復補償費400万ドルを日本側が肩代わりする密約の情報を得て新聞で報道。その後、外務省の女性職員から極秘電文を入手したとして女性とともに国家公務員法違反容疑で逮捕され、有罪が確定した。しかし、2000年に米国で密約を裏付ける公文書が見つかったため、名誉回復のため05年に西山さんが東京地裁に提訴した。

 裁判で国は米側の公文書の存在について答弁せず、地裁も、西山さんが求める公文書の証拠提出を求めなかった。07年の一審判決は密約の存在には触れず、賠償請求権が除斥期間(20年)の経過で消滅したとして訴えを棄却。08年に最高裁で敗訴が確定した。「国は密約を隠し、司法は時効を理由に判断から逃げた。特定秘密保護法が施行されれば、秘密主義がますます進む」

 こうした懸念は中国地方の法律家にも広がる。広島弁護士会は昨年12月、同法の対策本部を設置。舩木孝和会長を本部長に44人が所属し、同法廃止の署名集めや講演活動に取り組む。県議会などへの請願も検討しているという。本部長代行の山田延広弁護士(65)は「問題点を市民に広く知ってもらい、廃止を求める機運をつくりたい」と話す。

 フリーのジャーナリストたち43人も3月下旬、同法の無効確認と施行の差し止めを求めて東京地裁に提訴した。「全国で訴訟が相次げば司法も動く。言論の自由を守る歯止めになれば」と藤森弁護士。裁判を通じた問題提起の広がりに期待をかける。

廃止求め提訴 藤森氏に聞く

「実害出た後」生ぬるい

 特定秘密保護法の廃止を求める全国初の訴訟を起こした藤森克美弁護士に、同法の問題点を聞いた。(根石大輔)

 ―何を懸念していますか。
 何が「特定秘密」かが秘密なことだ。秘密の範囲が明確でなく、際限なく広がっていく。虎の尾を踏んだ認識がなくても、突然逮捕されることが起こりうる。

 ―知る権利に与える影響をどうみますか。
 ジャーナリストが萎縮する。世論が権力の都合のいいように誘導され、言論の自由も侵害される。そういう自由がない国は経済発展もせず、とんでもない国になってしまう。

 ―弁護活動への影響は。
 弁護の方法を制限され、弁護権を侵害される。裁判で無罪を証明しようにも、秘密の内容が分からなければ弁護は難しい。

 ―1人で提訴に踏み切ったのはなぜですか。
 外務省機密漏えい事件で苦い経験をしたためだ。法律の施行後に逮捕者が出て、実害が生まれた段階で訴訟を起こすべきだという意見もあるが、それでは生ぬるい。

 この法律は憲法の基本原理を否定しており、廃止して出直さないとだめだ。提訴以外にも、反対声明を出したり市民集会を開いたりして問題提起していくべきだ。

特定秘密保護法
 漏えいすると国の安全保障に著しく支障となる情報を、担当大臣ら行政機関の長が「特定秘密」に指定。漏らした公務員らに最高で懲役10年、共謀したり唆したりした民間人らにも最高懲役5年を科す。情報漏えいに最高懲役1年の罰則を定める国家公務員法などと比べて法定刑を重くした。政府が昨年12月に公布。ことし12月までに施行する。政府の有識者会議が運用基準を検討中で、国会に置く監視機関についても与党を中心に議論を進めている。

(2014年4月21日朝刊掲載)

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