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社説・コラム

天風録 「谺さんの『いいぞ』」

 谺(こだま)雄二さんの詩は「いいぞ」の畳みかけがいいぞ。「上州はいいぞ」とくれば「ひと塊の土にも脈搏(う)つ熱い意志がある」と、ついのすみかをたたえる。「鉈(なた)はいいぞ」なら「ふりおろせば真正直/骨までたたっきる」とおっかない▲群馬県草津の尾根のハンセン病療養所から、この国の隔離政策に挑んだ。同じ病の母と兄を早くに失う。この時「鬼の顔で生きる」と決意し、何の罪があっておれたちは追われるのか、問うた。おととい82歳で旅立つ▲詩の中で鉈が断ち切るのは後遺症が刻まれた「おれの首」だ。「この首を/何処に曝(さら)そう/東京のどまん中だ」。その首都で違憲国賠訴訟に勝ち、時の宰相に直訴した谺さんらは控訴断念に追い込んだ▲闘う鬼には遺言があった。全国の療養所の納骨堂に、先立った仲間たちの本名を刻もうという呼び掛けである。すべての戦没者の名を残す「平和の礎(いしじ)」を沖縄に訪ね、縁ある人が銘をさする光景に意を強くしたという▲親きょうだいを思い、故郷や本名を捨てざるをえなかった事情は重々承知する。それでも、名前とは生きた証しだろう、と。上州の尾根に瀬戸の島に、いつか礎が築かれれば、鬼はきっと「いいぞ」と叫ぶ。

(2014年5月13日朝刊掲載)

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