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社説・コラム

『潮流』 「鼻血」が意味するもの

■ヒロシマ平和メディアセンター編集部長・宮崎智三

 2年前、日本政府の「非核特使」に任命された広島と長崎の被爆者が、旧ソ連ベラルーシ南部の町を訪れた。チェルノブイリ原発からは100キロ以上離れている。それでも、放射能汚染がひどく、多くの住民が避難させられた。

 原爆症認定訴訟に関わる福岡市の医師が同行。福島第1原発事故の後、関東のホットスポット(放射線量の高い地域)で鼻血を出す子どもが目立つと話した。すると現地の総合病院の院長や被災者たちは、ここでも似たような事例があったと説明したという。

 もちろん原発事故が鼻血の原因だと断定はできない。状況から見て、放射線を大量に浴びたため起きる急性障害とも考えにくい。しかし、事故とは全く無関係だと言い切ることは可能なのだろうか。

 漫画「美味(おい)しんぼ」が福島を取材して取り上げた「鼻血」の描写が波紋を広げている。もっとも、子どもの鼻血を心配する親の声は事故後間もないころからネット上などでは散見されていた。福島だけではない。チェルノブイリの被災地でも、鼻血を出した子どもたちの話は少なくない。

 作者の真意は分からない。いたずらに不安をあおり、復興への努力に水を掛けようとしたなら許されない。被爆者への差別や偏見を知る広島にしてみれば、なおさらだ。同時に、こうも言える。政府は、不安の声に真剣に向き合うべきではないか、と。

 被爆者のデータは現在の国際的な放射線の防護基準のベースになっている。しかし決して万能ではない。例えばチェルノブイリや福島で問題となる内部被曝(ひばく)の影響は、はっきりしないままだ。

 ここは一つ、分からないことは分からないと認めた上できちんと調べるのが政府の役割だろう。鼻血はなぜ起きるのか。数十年後、体調に影響は出ないのか。今回の騒ぎを水掛け論に終わらせず、要らぬ不安を解消するためにも。

(2014年5月15日朝刊掲載)

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