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小説「黒い雨」誤り指摘に感謝 井伏の礼状 広島の吉岡さん保管

■記者 新田葉子

 小説「黒い雨」に登場する固有名詞の違いの指摘を受けた作家井伏鱒二(1898~1993年)が書いた礼状を、広島市東区の吉岡裕さん(87)が保管していた。専門家は「被爆体験のない井伏が、細かな修正を繰り返して正確を期そうとした一端を示す証拠」と評価している。

 昭和45(1970)年5月6日の消印があるはがきには、感謝とともに「さっそく新潮社へ傅(伝)へ文庫本では訂正の豫(予)定です」と記されている。

 「黒い雨」は65年1月から雑誌「新潮」に連載、翌年に単行本化された。70年に読んだ吉岡さんは、広島駅付近の描写場面なのに「東練兵場」(現東区のJR広島駅北側)ではなく、「西」練兵場(現中区基町)と取り違えていることに気付いた。

 「小説なので事実の通りでなくてもいいが、正確に書いてある中もったいない」。そう考えて井伏に手紙を送ったところ、間もなく本人からはがきを受け取った。額に入れて書斎に飾ってきた。

 ふくやま文学館(福山市)相談員で兵庫教育大の前田貞昭教授によると、井伏は改版などの際、地名や読み仮名をたびたび修正しており、指摘の東西は消印以前にすでに訂正されていたという。

 それを踏まえた上で「井伏は広島に住んだことがなく、被爆者や地元の読者にどう読まれるか気を使った結果。改訂の経緯を示すやりとりが具体的に分かる」と話す。吉岡さんは「後に伝えてほしい」と近く、文学館に寄贈するつもりだ。

(2010年8月3日朝刊掲載)

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