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社説・コラム

社説 南シナ海の緊張 中国の横暴 看過できぬ

 南シナ海を取り巻く国・地域が島々や海域の領有をめぐって対立を続ける。その「海の火薬庫」がまたも中国の進出拡大を機に、きな臭くなってきた。

 とりわけベトナムの国内情勢が深刻だ。反中国デモが広がって大勢が負傷したほか、死亡者が出たとの情報もある。

 積年の課題を一朝一夕に解決するのは難しかろうが、流血の事態をこれ以上続けてはならない。関係国は早急に、対話の糸口を探る努力を始めてほしい。

 騒動が先鋭化したのは今月初め、西沙諸島付近で中国が石油掘削作業を始めたのがきっかけだった。中国とベトナムの艦船がにらみ合い、体当たりや放水を繰り返した。

 さらにベトナム国内のデモへと飛び火し、各地で中国系企業が放火、襲撃された。日系企業も建物のガラスが割られるなどの巻き添えに遭っている。

 「自国の主権に基づく」と中国は石油掘削を正当化するが、国際的な理解を得る状況にはない。むしろ「海洋強国」という習近平政権のスローガンに基づき、力ずくで権益拡大に出たと批判されても仕方あるまい。

 一方、ベトナムのグエン・タン・ズン首相がおととい、「人々は愛国心を示した」としてデモを正当化する発言をしたのもいささか不用意ではないか。

 というのもベトナムも含めた東南アジア諸国連合(ASEAN)は、ミャンマーでの首脳会議で、名指しは避けつつも関係国に南シナ海での自制と武力の不使用などを求める「ネピドー宣言」を採択したばかり。直後に対立をあおる物言いをするようでは、宣言も台無しだ。

 さらに残念なことに、騒動は南沙諸島にも広がる気配を見せる。フィリピン政府は今週、中国がジョンソン南礁を埋め立て、軍事基地の滑走路とみられる工事を始めたと発表した。

 事実ならば、緊張をさらに高める暴挙というほかない。中国に強く自制を求めたい。

 もっとも中国からすれば「お互いさまだ」と反論したいところだろう。オバマ米大統領が先月アジアを歴訪し、フィリピンでは米軍駐留を復活させることで合意したからだ。

 こうした波風を弱めるには多国間協議しかあるまい。その場は既に用意されている。

 ASEANと中国は2002年、「南シナ海に関する共同宣言」に署名した。ただ各国に自制を求める内容にとどまるため、法的な拘束力のある「行動規範」へと一歩進める交渉が昨年から始まっている。  海洋行動が縛られるとして中国は規範の締結に消極姿勢だ。とはいえ「平和的台頭」を国際公約にしてきた以上、真摯(しんし)な対話こそが自らに課せられた務めだと認識してもらいたい。

 日本にとってもひとごとではない。南シナ海は中東などとの貿易に重要なシーレーンでもある。本来ならば関係国の対話を仲立ちし、ひいては沖縄県の尖閣諸島をはじめとする東シナ海の緊張緩和にも結びつけたいところである。

 しかし安倍政権は、対話よりも日米同盟の強化によって地域の安定を実現しようという考えだ。集団的自衛権の行使容認を急ぐ姿勢も、周辺国の警戒を強める方向に働く。信頼醸成の仲介役の不在が、アジアの不幸な現実の一つといえよう。

(2014年5月17日朝刊掲載)

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