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社説・コラム

社説 タイで軍クーデター 速やかに民政へ復帰を

 タイでまたも、軍によるクーデターが起きた。今のところは戦車が市街地を走り回るほどの緊迫した情勢ではない。ただ、これまでの政権は排除され、一部の条項を除いて憲法が停止している異常事態である。

 二大政治勢力であるタクシン派と反タクシン派の対立が流血の事態へと先鋭化しないよう先手を打った。軍からすれば、そう主張したいところだろう。

 とはいえ軍事クーデターは民主主義の対極にあり、とても歓迎できるものではない。戒厳令下の首都バンコクは夜の人通りがめっきり減ったという。このままなら国民の暮らしへの影響ばかりか、基幹産業である観光への打撃も日々深刻さを増す。

 公正な総選挙を経て、一日も早く民政復帰してもらいたい。軍事政権側は国民に、そのプロセスを具体的に示すべきだ。

 国際社会としても、混乱の背景にある要因を見つめるとともに、貧富の格差解消など支援できることを見いだしたい。

 政治が混迷を極めると軍がクーデターに動く。長らくタイでは繰り返されてきた。

 今回、軍はまず全土に戒厳令を出した。タクシン派と反タクシン派の直接衝突を抑制した上で、両派に対話を促し、タクシン派が平和裏に政権を手放す環境を整える。さらに政治改革や選挙制度改革を経て、両派が納得する新政権を樹立する。そんなシナリオだったとされる。

 ところが、対話はすぐに行き詰まった。軍上層部は反タクシン派だとみられていることも影響したに違いない。

 おととい起きたクーデターで、陸軍のプラユット司令官が暫定首相の座に就いた。タクシン元首相の妹であるインラック前首相らが拘束された。ただバンコク市内では兵士の姿も目立たず、最も懸念された両派の激突は起きていないようだ。

 だが気になるのは、軍事政権が発表する以外の情報がテレビ番組から締め出されていることだ。たとえ治安維持が目的だとしても、知る権利を強権的に封じ込める手法に、当の国民が納得しているとは思えない。

 国民を蚊帳の外に置く姿勢では、両派の対立や、その背景にあるタイ社会の根源的な問題が解消できるわけもなかろう。

 農村部の貧困層が支えるタクシン派と、都市部のエリートや中間層を中心とした反タクシン派とのあつれきは、富が偏在する格差社会を映し出す。軍事政権が「国民和解」をうたうなら、この難題と真摯(しんし)に向き合う姿勢こそが問われよう。

 タイでは混乱が極まった際、敬愛を集める国王のメッセージが解決への道筋を示し、国民の連帯を取り戻す役割を果たしてきた。そのプミポン国王は86歳の高齢となり、長期入院を経て今も療養中という。

 ここは、民主化への国民の強い意志が試されているのではないか。公正な選挙を通じて国会に民意を反映させ、与野党が誠実な対話を通じて対立を乗り越えようと努める。議会制民主主義を鍛える原点の営みが、今こそ求められるはずだ。

 ことし2月の総選挙は反タクシン派の妨害などで完了せず、結局は無効となった。同じ轍(てつ)を踏んではなるまい。軍事政権が最優先で取り組むべき課題は、自らの幕引きを急ぐことにほかならない。

(2014年5月24日朝刊掲載)

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