×

ニュース

被爆者団体活動休止も 後世につなぐ試み始まる

 被爆者健康手帳を持つ人が20万人を切ったのは、原爆投下の惨禍を身をもって知る人がよわいを重ね、相次ぎ亡くなっている表れだ。広島県内では、被爆者援護や核兵器廃絶の運動を引っ張ってきた被爆者団体が活動を休止せざるを得ない事態も起きている。ただ一方、危機感を強め、記憶を後世につなぐ試みも始まっている。

 「高齢者ばかりの地域からは解散の声も出るようになった」。27日、広島県被団協(坪井直理事長)が広島市中区で開いた総会。事務局は苦境をこう訴えた。

 東広島市の河内町原爆被爆者の会は昨年8月、解散した。一時500人を超えた会員は約200人に。世話役だった男性(83)は「動ける会員がいないと立ちゆかん。会員が目減りし、死亡時に会費から出していた弔慰金も捻出できなくなった」と明かす。

 庄原市の西城町原爆被爆者友の会は岐路に立つ。市内では東城町の組織が既に解散した。入院した妻を介護する竹下敦会長(83)は「存続したいが、来年まで持つかどうか」。

 もう一つの県被団協(金子一士理事長)も同じ悩みを抱えている。市民や修学旅行生からの証言依頼に応えられる被爆者の登録者は13人と、20年間で半減。人繰りに苦労する状態だ。「時の流れにはあらがえない。被爆2世を中心にした活動にシフトしていく」と大越和郎事務局長(74)。既に、役員のほぼ半数を、戦後生まれが占める。

 被爆者の証言を聴く観光客や児童、生徒は年間25万人以上。広島市は2012年度、被爆者の代わりに体験を証言できる人材を「伝承者」として育てる事業を始めた。1、2期生の計162人が研修中だ。「将来にわたり、被爆体験と平和への思いを発信し続ける責務がある」と市平和推進課。1期生は来年、被爆70年の春にデビューする。(田中美千子)

(2014年5月28日朝刊掲載)

年別アーカイブ