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社説・コラム

憲法 解釈変更を問う 島根県立大准教授・福原裕二さん

容認よりも外交努力で

安全保障環境の改善を

 安倍晋三首相の記者会見や有識者懇談会(安保法制懇)の報告書は、日本を取り巻く安全保障環境の厳しさを強調し、その理由の一つとして北朝鮮の核・ミサイル問題を挙げた。核兵器開発は決して許されることではない。だが、それによって日本がまさに今、危機に直面しているのかというと疑問符が付く。

 冷戦後に中国とロシアが米国に近づき、北朝鮮は自国の安全保障環境に不安を募らせた。国の安全を維持するための交渉や取引の道具に使おうと考えたのが核兵器だった。だが核兵器をもし使えば、報復で国が破滅することぐらいは北朝鮮も分かっているはずだ。日本が、そこら辺を緻密に分析しないまま「環境が悪化した。だから集団的自衛権が必要だ」と言うのは、話の飛躍だと思う。

 国際関係史、朝鮮半島の地域研究が専門。広島大法学部に在学中だった1994年、金日成(キム・イルソン)主席の死去に嘆き悲しむ現地の人をテレビで見たのがきっかけで、北朝鮮に関心を持った。中朝国境付近を毎年訪れて脱北者から情報収集し、半島情勢の定点観測を続けている。

 日本の集団的自衛権の行使容認問題をめぐって、北朝鮮国内で目立った動きは今のところないようだ。だが、北朝鮮は相当の危機感を抱いていると私はみている。これから、過去の植民地支配と結び付けて「日本が再び軍国主義化し、朝鮮半島に侵略してくる」と騒ぎ立てるのは、容易に想像がつく。

 問題は実際に行使が容認された場合、北朝鮮はどのような行動を取るかだ。日朝固有の問題を持ち出し、日本が嫌がることを狙ってくるだろう。一番に思い付くのは拉致問題だ。安倍首相は29日、日朝両政府が拉致被害者の全面的な再調査で合意したと発表した。しかし行使容認を機に、北朝鮮が再び態度を硬化させることは考えられる。

 集団的自衛権の行使容認をめぐっては、韓国政府も「ジレンマ」を抱えている、と指摘する。その理由として、中国との関係や国民感情を挙げる。

 韓国政府は本音のところ、行使容認には賛成とも、反対とも言いにくい、難しい立場ではないか。仮に韓国が北朝鮮の軍事攻撃を受けた場合、日本が集団的自衛権を行使することを拒否する理由はない。一方で、北朝鮮に影響力を持つ中国を刺激することを不安視している。

 韓国の国民の自衛隊に対する嫌悪感はものすごく強い。安倍首相が目指す憲法解釈の変更について、朴槿恵(パク・クネ)大統領は国民から「なぜノーと言わないのか」と責められている。このまま日本政府が行使容認に踏み切れば、韓国の国民は反発を強めるだろう。行使容認を引き金に、日韓の国民の亀裂が深まる恐れがある。

 安全保障環境が悪化しているのだとすれば、歴史や領土問題をめぐる日本のこれまでの対応が招いた面もあると思う。行使容認よりも先に、外交努力でそれらの問題の改善を目指すべきではないか。安保法制懇のメンバーに東アジアに詳しい研究者はいなかった。安倍首相は記者会見で「研究を進める」と言ったが、どこまで誠実に研究がなされるのか懸念を覚える。(聞き手は松本恭治)

(2014年5月31日朝刊掲載)

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