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社説・コラム

社説 拉致再調査合意 硬軟織り交ぜた交渉を

 国交正常化をうたった平壌宣言から12年。日朝関係の転機となるのは確かだろう。北朝鮮が拉致被害者を含む日本人の消息の包括的調査を約束した。

 調査開始に合わせ、日本が経済制裁を一部解除するのが条件となる。2008年にいったん合意しながら宙に浮いた再調査が動きだすこと自体は評価できよう。安倍晋三首相は「拉致被害者救出の交渉の扉を開くことができた」と胸を張った。

 ただ北朝鮮は何度も期待を裏切ってきただけに、どこまで信頼できるか。楽観は禁物だ。

 電撃的ともいえる両国の合意の背景に何があるのか。何より日本との関係改善を急ぐ北朝鮮側の狙いが透けて見える。

 金正恩(キムジョンウン)第1書記の指導部は3年目に入ったが、有力者だった叔父の処刑など内輪もめが目立つ。国際社会にも背を向け、国連決議に違反する核実験やミサイル開発に固執して各国の制裁を受けてきた。

 そうした中で核をカードにした対米交渉が行き詰まり、経済面で頼みとしてきた中国も今や韓国に接近している。拉致問題は解決済みとの姿勢を転換し、日本との対話路線に傾いたのも八方ふさがりの状況の裏返しだろう。国交正常化に伴う日本からの巨額の戦後賠償まで、視野に入れている可能性もある。

 日本としても被害者家族の高齢化で解決が急がれる。加えて停滞する拉致問題を動かすことで政権の安定につなげる思惑が、首相側にあるのは否定できまい。ある意味で双方の利益が一致したとの見方もできる。

 要は拉致の真相解明につながり、生存者の早急な帰国に直結するかどうかだ。だが、その点を考えると不安は拭えない。

 北朝鮮は特別調査委員会を置くという。具体的にどう進めるのかは相手任せである。日本側は1年以内に結論との見通しを示すが、合意文書で期限を区切っていないのが気になる。

 調査開始の段階で制裁を緩め、北朝鮮が望む人的往来や自由な送金、人道目的の船舶往来を認める。そうした手法への疑問もある。調査が引き延ばされ、ずさんな結論でお茶を濁されることもあり得る。日本政府は平壌に拠点を置く方向という。経過をチェックし、実効性ある調査を迫る姿勢が求められよう。

 別の心配もある。新たな調査は拉致の疑いのある行方不明者や「日本人妻」などを含むのがポイントだ。こうした人たちの確認や帰国には結びつくかもしれない。一方で横田めぐみさんをはじめ、日本政府が従来認定する拉致被害者の消息が置き去りのまま「幕引き」される恐れはないのだろうか。  北朝鮮に厳しい対応を取る米国や韓国などとの連携も問われよう。国際社会からみれば核実験をちらつかせ、世界の平和と安定に逆行する国である。折しも米下院外交委員会は金融機関の取引規制など、逆に制裁を強化する法案を可決した。

 そもそも北朝鮮が日本に接近する狙いに「包囲網」の分断もあろう。仮に核実験を今後強行すれば日本はどうするのか。不安定な朝鮮半島情勢を慎重に見極める必要も出てくるはずだ。

 安倍政権としても少なからぬリスクを背負う決断である。目先の功を焦ってはならない。「対話と圧力」を忘れず硬軟織り交ぜた対応を心したい。

(2014年5月31日朝刊掲載)

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