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社説・コラム

戦争体験 圧巻の臨場感 宮崎進展 神奈川県葉山

 若き日の戦争とシベリア抑留の体験を、長い歳月をかけて作品に昇華させてきた周南市出身の画家宮崎進(しん)さん(92)。神奈川県葉山町の県立近代美術館葉山で開かれている「立ちのぼる生命(いのち) 宮崎進展」は、その比類のない作風に触れられる空間だ。(道面雅量)

「今」映す命の表現100点

 宮崎さんの作品の前に立つ時、絵を見ている気がしないことがある。絵の向こう側、モチーフの現場に立ち会うような感じがするのだ。

 「泥土(でいど)」は、ドンゴロスと呼ばれる目の粗い布を使った大作の一つ。ごわつき、もつれ合う、黒い起伏が画面に広がる。何か具体的に手や足の形があるわけではないのだが、泥に沈んだ兵士の死体を感じずにはいられない。写実画ではむしろ不可能な臨場感がある。

 直接には、敗戦を迎えた旧満州(中国東北部)での体験から生まれた作品という。「敗残兵への報復が吹き荒れた、その光景」と宮崎さん。野ざらしの死体は、自分であっても何の不思議もなかった。それは4年間のシベリア抑留でも同じであり、「シベリアの光景でもある絵」と言う。

 「手」は、広島市現代美術館の依頼でヒロシマをテーマに制作した時の習作。旧満州にいて被爆体験はない宮崎さんだが、何げないこの素描にも、どきりとさせる臨場感―現場を目撃したような感じがする。  宮崎さんが20歳で入営したのは広島市にあった旧陸軍西部第二部隊。原爆に焼かれた多くの仲間の存在が、画家の想像力を引き出したと思える。

 宮崎さんは戦後、東京での制作と欧州遊学を経て、1974年から神奈川県鎌倉市に住む。大規模な個展は周南市美術博物館などで開いた2005年以来となる。闘病中で体の動きは思うに任せないが、約100点からなる本展の構成に精力的に励んだ。最新の画集「冬の旅」(新潮社)も4月に刊行した。

 創作に明け暮れた長い道の果てに「不思議な命の源泉に触れることができた」と語る。アトリエに眠っていた、展覧会タイトルと同じ名の巨大な立体も特別出品。たどり着いた命の形の表現だろう。回顧展というより、画家の今に「立ち会う」展示だ。会期は29日まで、月曜休館。

(2014年6月3日朝刊掲載)

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