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「原爆・平和」出版 この1年 核兵器廃絶 願い切実

■記者 伊藤一亘

 被爆65年の節目を迎え、この1年も多くの「原爆・平和」に関する本が出版された。米国のオバマ大統領が「核兵器のない世界」を唱える中で、核兵器廃絶と新たな平和構築の道筋を探る論考が目立った。一方、被爆・戦争体験の物語には、記憶の風化を防ぎ、平和を願う人々の思いがにじむ。

平和の構築

 広島市立大広島平和研究所教授の水本和実は「核は廃絶できるか―核拡散10年の動向と論調」(法律文化社)で核軍縮が後退した「失われた10年」と、混迷した国際情勢を検証。岩垂弘「核なき世界へ」(同時代社)は、原水禁運動の歴史と課題をまとめた。冨田宏治らによる「核兵器はなくせるか? Yes,We Can!!」(かもがわ出版)は核兵器廃絶への道筋と、核拡散防止条約(NPT)再検討会議の課題を挙げる。

 笹本潤「世界の『平和憲法』新たな挑戦」(大月書店)は、日本の憲法9条が世界に与える影響を探る。奥田博子「原爆の記憶―ヒロシマ/ナガサキの思想」(慶応義塾大学出版会)は「唯一の被爆国」との言説を批判的に検証し、歴史的意義を問い直した。

 歴史の掘り起こしも続く。繁沢敦子「原爆と検閲―アメリカ人記者たちが見た広島・長崎」(中央公論新社)は連合軍側の記者の原爆報道を検証、検閲の実態を資料で掘り起こした。中田整一「トレイシー―日本兵捕虜秘密尋問所」(講談社)は、日本の機密情報を取得した米軍の秘密施設の実態に迫った。「昭和―戦争と平和の日本」(みすず書房)は、米国の歴史家ジョン・ダワーによる論考集だ。同じく、ハワード・ジンは「爆撃」(岩波書店)で、元爆撃手の視点から原爆を論じた。日野川静枝「サイクロトロンから原爆へ―核時代の起源を探る」(績文堂)は、原爆開発への道を開いたサイクロトロン(加速器)の歴史をつづる。

記憶の継承

 「あの日」を引き継ぐため、つらい記憶をひもとく人たち。カトリック神父の長谷川儀(ただし)は広島市西区で被爆し生死の境をさまよった体験を「八月六日の朝 ぼくは十四歳だった」(女子パウロ会)にまとめた。「張本勲 もう一つの人生―被爆者として、人として」(新日本出版社)は、元プロ野球選手の著者が、5歳の時の被爆体験を明かした。

 菅聖子「シゲコ!―ヒロシマから海をわたって」(偕成社)は、ケロイド治療で訪れた米国に移住した被爆者、笹森恵子(しげこ)の半生をたどり、岩本健吾「シンジ―いま語られる65年目の真実」(ザメディアジョン)は19歳で被爆した美甘(みかも)進示の体験をノンフィクション風にまとめた。

 証言集もある。広島県府中町は町史別冊「府中町被爆体験記」を作成。新日本婦人の会広島県本部の被爆体験集「木の葉のように焼かれて」は第44集を数える。呉三津田高4回生(1953年卒)は、卒業生や教師ら99人が102編を寄せた体験記「追憶」をまとめた。

 長谷川千秋「にんげんをかえせ―原爆症裁判傍聴日誌」(かもがわ出版)は、原爆症認定を求めた6年半にわたる近畿訴訟の記録だ。

若い世代へ

 広島平和教育研究所の「原爆はなぜ投下されたのか?」は、原爆について一問一答形式で学ぶ教材。「町が消えた―全国の空襲・原爆遺跡」(汐文社)は、広島、長崎などの傷跡を通して戦争を考える。梅田正己「近代日本の戦争」(高文研)は、台湾出兵から太平洋戦争終結までの戦争の歴史を解説する。

 西岡由香「八月九日のサンタクロース―長崎原爆と被爆者」(凱風社)は、被爆者を祖父に持つ女子中学生が原爆の悲劇と平和の尊さを学ぶ漫画。石倉欣二の「海をわたった折り鶴」(小峰書店)は「原爆の子の像」のモデル、佐々木禎子を題材にした絵本だ。原民喜の小説「夏の花」も広島市出身の山田雨月により漫画化され、ホーム社から出版された。

 写真から伝わる歴史もある。明田弘司(あけだ・こうし)の写真集「百二十八枚の広島」(南々社)は、復興する広島市の姿と市民の息吹を伝える。「『恨(はん)』三菱・廣島・日本」(三菱広島・元徴用工被爆者裁判を支援する会編)は、韓国人元徴用工の歩みを約200枚の写真と証言でたどる。高原至「長崎 旧浦上天主堂1945~58―失われた被爆遺産」(岩波書店)は、被爆後の天主堂と、その解体を克明に記録した。

 被爆しながらも負傷者の治療に当たった肥田舜太郎の「広島の消えた日―被爆軍医の証言」(影書房)、木下蓮三・木下小夜子の絵本「ピカドン」(ダイナミックセラーズ出版)は装い新たに出版された。

創作の世界

 原爆を題材にした物語をつむぐ営みも続く。天瀬裕康「昔の夢は今も夢」(近代文芸社)は、原爆で9人が亡くなった移動演劇・桜隊を題材とした作品など戯曲7編を収めた。斎藤紘二「二都物語」(思潮社)は核兵器の問題に正面から向き合った詩集。涌沢二三雄「原爆のかなたに」(文芸書房)は、姉が被爆の後遺症に悩む同僚との交流の物語だ。

 原爆を搭載したエノラ・ゲイが飛び立ったテニアン島(現米自治領)で生まれた工藤恵美子は詩集「光る澪(みお)―テニアン島Ⅱ」(編集工房ノア)で、戦争に翻弄(ほんろう)された島の人々を描き出した。鈴木比佐雄らが編んだ「鎮魂詩(レクイエム)四〇四人集」(コールサック社)には峠三吉、栗原貞子らの詩も並ぶ。デイヴィッド・クリーガー「神の涙」(同)は、米国の反核平和運動指導者による詩の作品集だ。  「グラウンド・ゼロを書く―日本文学と原爆」(法政大学出版局)は米国の日本文学研究者、ジョン・トリートによる原爆文学論。矢部史郎「原子力都市」(以文社)は、自身が広島市に抱いた印象を通して、「国家による核管理」の影響を都市像にみる。

 庄原市出身のカメラマン、宮角孝雄は、原爆ドームを背景に祈る人々を演出した「GROUND ZERO 希望の神話」(文工舎)で平和への願いを表現した。

(2010年8月6日朝刊掲載)

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