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社説・コラム

今を読む ミンダナオ島の平和構築

公平な行政の実現が鍵

 ことし3月、フィリピン政府と東南アジア最大の反政府武装組織であるモロ・イスラム解放戦線(MILF)の間で包括和平合意が成立した。ミンダナオ島西部で40年以上続いた分離独立運動は沈静化し、2016年の「バンサモロ(イスラム教徒の国)自治政府」樹立が予定されている。

 広島大や広島県などは、この自治政府で働こうとする若い行政官の能力育成事業を実施し、紛争終結と平和定着の後押しをしようとしている。4年かけて現地主導の平和構築を研究してきた立場から、背景と意義を説明したい。

 「モロ」とは、フィリピン南部に住む13のイスラム系エスニックグループの総称である。14世紀にイスラム教が伝来し、宗教的権威を背景とした国王、スルタンたちの統治が始まった。スペイン統治の影響は及ばなかったが、20世紀からはアメリカが植民地化し、スルタンの統治力を解体していった。

 その植民地政策は、「文化人であるキリスト教徒」と「非文化人であるその他の人々」を区別し、アメリカ人起業家やフィリピン北中部に住むキリスト教徒をミンダナオに移住させ、土地分配で優遇した。

 日本が戦場とした太平洋戦争を経てフィリピンは独立。マルコス政権時に国家開発が進められ、モロは先祖代々の土地で少数派となる。このころ、入植者であるキリスト教徒が武装組織化し、モロに対する強制移動・大量虐殺が始まる。モロたちは自衛のために武装組織化し、1968年、分離独立運動を開始した。

 当初の運動の中心はモロ民族解放戦線(MNLF)だった。対立の末の和平合意で90年に政府はムスリム・ミンダナオ自治区(ARMM)を設立した。96年以降、MNLFが統治の指揮をとったが、自治権の弱さに不満を持つメンバーが分派し、82年にMILFを組織、時に政府と全面戦争にもなった。40年に及ぶ一連の紛争により、人口約400万人のこの地域で約12万人が死亡、約14万人の国内避難民を出した。

 今回の和平枠組み合意では、ARMMを2015年に廃止、16年までの暫定政府はMILFが主導する。ただ、一部のMNLFメンバーの暴徒化や別の反政府武装組織の存在など不安定要素は残る。

 長年の紛争は何をもたらしたのか。現場に入り、研究を始めて4年になる。フィリピン一の貧困、武器の普及、ブラックビジネスの膨張、大量の国内避難民、低教育に低開発、そして、各グループ間の不信感。信頼関係が脆弱(ぜいじゃく)な社会で、武装闘争解決法を研究する外国人をすぐに信用する人はいない。

 初年度は、「開発・人道系団体の人=金づる」と応対された。ヒロシマから来た研究者として懲りずに地元の人が望む能力育成セミナーを無料で実施したことから、2年目で声をかけられ、3年目で家に招待されるようになった。

 この信頼獲得プロセスからの教訓は、脱政治化▽住民の必要とするサービスの提供▽包括的で公平な対応―の大切さである。

 本年度から始めた広島大などの能力育成事業は、日本政府と国際協力機構(JICA)、国連訓練調査研究所(UNITAR)とともにつくったプログラム。約2年の間にバンサモロ自治政府の行政官候補者計30人を3回に分けて広島に招き、4週間の研修を行う。第1陣の研修がちょうど終わったところだ。

 紛争の負の連鎖を止めるには、権力に直結する行政の健全な運営が不可欠である。独自の行政体制を持ち、地域で福祉事業を展開するMILFだが、新自治政府樹立でより強い立場で予算を確保できるようになる。公共事業の優先順位を決定する権利を持つ以上、一段レベルアップした行政遂行能力が求められる。

 とはいえ予算は限られる。ミンダナオ紛争の静かな傍観者であるクリスチャン住民や先住民族を含め、納税者である住民に、包括的かつ公平な行政サービスを提供していくことが必要だ。住民窓口対応から地域開発まで、広島県で学ぶことは多い。

広島大大学院社会科学研究科特任助教・香川めぐみ
 73年徳島県阿南市生まれ。06年米国ジョージ・メイソン大紛争分析解決研究所で修士号。国連大学能力育成事業補佐、内閣府国際平和協力本部研究員などを経て09年から広島大研究員。今月から現職。国連平和維持活動(PKO)隊員として現場勤務4回。

(2014年6月7日朝刊掲載)

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