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社説・コラム

天風録 「死にぞこない/まだ死ねない」

 なぜ自分だけ生き残ったのか。壮絶な戦火や災害をくぐった人は、しばしば自責の念を抱える。生き延びたからには、惨状を伝えることを自らの使命とした人も。「仕事ハ多カルベシ」。作家の原民喜は被爆して間もなく記した▲うっとうしい梅雨も、夏の炎天下も、広島の平和記念公園には幾つも輪がある。お年寄りを囲んで、あの日について聞く子どもたち。真剣な表情で書き取っている。退屈そうな子も、何か心に留めてくれると信じたい▲「死に損ない」。長崎の語り部に心ない言葉が浴びせられた。修学旅行で訪れた中学生が態度を注意されて叫んだ。引率の教員もその場にいたというのだが…。想像できないのだろうか。被爆者が今も抱える心の傷を▲戦後69年を経た平和学習の断面である。核の恐怖をわが事と、若者が思わないのも無理あるまいか。だが今、この国で進む議論をみるとどうだろう。暴言を吐いた世代が、戦地へと派遣される日が訪れるかもしれない▲「まだ死ねない」。そんな思いで被爆者はきょうも語るだろう。原爆や戦争を二度と体験させたくないから。絞り出される証言に耳を傾けよう。引き継ぐ世代にとっても「仕事ハ多カルベシ」。

(2014年6月10日朝刊掲載)

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