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社説・コラム

天風録 「シベリアの記憶」

 まだ置いている。大型書店でコミック棚をのぞくたび心強い。終戦後のシベリア抑留を生々しく描く「凍(こお)りの掌(て)」。おととし世に出るや、評判が広まって入れ替わりの激しい漫画界で版を重ねる▲作者おざわゆきさんが口の重い父から粘り強く聞いた証言をもとにした。大陸でソ連に連行され、極寒の地で石炭を掘る。仲間たちは飢えで命を落とし、自らも死のふちに。読み進むうちに等身大の記憶をたどるよう▲「世の果て地の果て そんな生易しいものじゃない」。重いせりふに心揺さぶられる。辛酸をなめた数十万人もの同胞に通じる思いだろうか。シベリアと聞いてぴんとこない若い世代にも、しっかりと響いているはず▲きのうユネスコ記憶遺産の国内候補に舞鶴の抑留関連資料が選ばれた。登録の成否にかかわらず、忘れまいと誓うきっかけになろう。ただ申請は570点だけ。列島各地に埋もれた幾多の体験に光は当たらないものか▲もとよりシベリア抑留がテーマの作品はあまたある。香月泰男の名を思い出す。死んだ仲間の顔を紙の切れ端にスケッチし、没収されたが心に刻んだ。そして数々の絵によみがえらせた。こちらも人類が残すべき記憶に思える。

(2014年6月13日朝刊掲載)

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