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社説・コラム

憲法 解釈変更を問う 前駐中国大使・丹羽宇一郎さん 「疑心暗鬼」が戦争招く

法の議論 感情抜きで

 安倍晋三首相は子どもや女性が描かれたパネルを使って、邦人輸送中の米輸送艦の防護の必要性を記者会見で訴えた。パネルを見れば、「日本人として助けなきゃいけない」という感情論が先行してしまう。集団的自衛権の行使が憲法上認められるかは、法解釈の議論であり、感情に訴えるのは好ましくない。

 確かに中国は、南シナ海の西沙諸島付近で強引に石油掘削作業を進めている。だが、沖縄県・尖閣諸島周辺で世界第3位の経済大国日本を相手に、2位の中国が同じようなことを仕掛けてくるとは考えにくい。

 起こりそうもない緊急事態を想定し、安全保障の議論を進めていないだろうか。歴史をみれば、戦争は偶発的に起きている。互いが最悪の状況を想定し疑心暗鬼になれば、行き着く先は戦争しかなくなる。

 伊藤忠商事の社長、会長を経て、民主党政権時代の2010年、民間初の駐中国大使になった。12年、東京都の尖閣購入表明について英紙の取材に「日中関係に重大な危機をもたらす」と発言。政府方針に反するとして批判を浴びた。

 大使は政府の考えを代弁するだけではなく、現地の声を本国へ正確に伝えるのも役目と思い発言した。しかし、政府をはじめ財界やメディアにも、理解してくれる声はほとんどなかった。今でも「中国寄り」と批判する人がいるらしいが、日本人として国を第一に考えて行動している。

 政治主導で外交を進めるのは当然だ。そのためにも政治家には、日中関係の歴史に関する深い知識が欠かせない。日中関係について不用意な言動があるたび、日本経済を支えるため中国にいる約15万人の日本人の暮らしに影響が出る。言葉の重みに気を配ってほしい。

 尖閣が、わが国固有の領土であることは言うまでもない。しかし、一触即発の事態を避けるためにも、両国首脳間で、問題について対話する回路が必要だ。資源の共同開発などで打開の道を探るべきだ。

 オバマ米大統領は「われわれは世界の警察官ではない」と発言。安倍首相は同盟国としての役割分担を目指し、自衛隊の海外派遣の拡大など「積極的平和主義」を掲げている。

 積極的平和主義というのは武器を取ることか。血を流す平和主義か。しかし、日本人が平和憲法を守ってきたことは、積極的平和主義だ。そもそも平和主義に積極も消極もない。安倍政権は、言葉遊びをしているのではないか。

 米国1国で国際秩序を保てず、同盟国に分担を求めてきているのは確かだ。とはいえ、憲法解釈を変え、武器を手に血を流すことが平和貢献ではない。そうした事態を起こさないことが、貿易で生きる日本にとって重要だ。安倍首相の方針に、自民党や政府内から異論がほとんど出ていないのが不思議でならない。

 私も参加した1960年の安保闘争。「デモで騒いでいるのは『声ある声』だ。私は国民の『声なき声』にも耳を傾ける」と言ったのは安倍首相の祖父、岸信介元首相だった。だが、声なき声は賛成になる。国民は、反対の声を上げなければ為政者は都合よく政策を押し通すということに気をつけるべきだ。(聞き手は坂田茂)

(2014年6月15日朝刊掲載)

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