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社説・コラム

『潮流』 りんとした言葉

■呉支社編集部長・林仁志

 「軍隊が前面に出てくる国は不幸ですよ」

 りんとした響きだった。政治性を帯びる発言は慎まなければならない幹部自衛官は、一般論に近づけて胸の内を語った。1990年代前半、海上自衛隊呉地方隊の担当記者をしていた頃のこと。当時、自衛隊をめぐる環境は激しく動いていた。

 91年、掃海派遣部隊がペルシャ湾に赴いた。初の海外実任務である。92年は国際平和協力隊がカンボジアへ。国連平和維持活動(PKO)が始まった。94年には自社さ連立政権が誕生する。首相になった社会党の村山富市委員長は国会で、自衛隊を合憲だと明言した。

 95年は阪神大震災。呉基地の艦船も神戸沖に駆け付けた。救援活動に汗を流す隊員の姿は、自衛隊に批判的だった人の見方も変えていく。

 発足以来の「追い風」に意を強くしているに違いない。冒頭の言葉は、そうした問いへの答えだった。

 ペルシャ湾派遣は湾岸戦争の後始末だった。カンボジアも内戦で疲弊していた。軍事政権がにらみをきかせる国はいくつもあった。「そんな国の民に思いをはせてみれば、自国の在り方も見える」。任務はこなさなければならないが、自ら前面に出ようとしてはいけない。国民の支持の高まりはなにゆえかを見誤ってはいけない―というのだ。

 呉地方隊が発足して7月1日で満60年となる。節目を迎えるに当たり呉・東広島版で、地方隊をテーマに連載を続けている。折しも集団的自衛権をめぐる論議が重大な局面を迎えた。連載の担当記者によると、隊員たちの口はおしなべて重く、開いても「与えられた任務を遂行するだけ」と言葉数は少ないという。

 90年代と異なり、隊には戦争を記憶する世代はいなくなった。あの、りんとした言葉、思いは引き継がれているだろうか。

(2014年6月17日朝刊掲載)

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