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社説・コラム

天風録 「たましいの甘美」

 甘い汁で悪事に手を染め、甘言は毒をくるむ。甘い罠(わな)とくればサスペンス映画ではもはや定番の味付け。糖衣錠と同じ伝だろう。例え言葉としての「甘」の字は奥に、何か言いしれぬものを思わせる▲本紙の中国歌壇で半世紀、選者を務めた近藤芳美さんの短歌にある。<在るものを在るままとせむ懈怠(けたい)のうち退嬰(たいえい)はたましいの甘美にて>。ここまできたらもう仕方ない、流れに身を任せている方が楽ちんだから、と▲易きに流れがちな人の常をチクリと刺す1首。今なら護憲派に対する叱咤(しった)とも受け取れよう。武力行使を伴う集団安全保障に自民党が道を開こうとしている。集団的自衛権行使のテーブルには着いた公明党も、さすがに甘い顔を見せるわけにいかないようだ▲それにしても、出てくる顔の戦争体験や憲法観がどんなものか、定かでないのは気になる。酸鼻を極める戦場や辛苦をなめた銃後を身をもって知る。そんな筋金の入った、ちまたのご意見番の卓見も受け止めてほしい▲満州事変が起きるまで「平和な青春」と思い込んでいた近藤さんは己の甘さを悔やんだ。戦争を詠む、中国歌壇らしい投稿を終生愛したゆえんだろう。きょう他界から8年になる。

(2014年6月21日朝刊掲載)

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