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社説・コラム

『この人』 「ヒロシマ・アピールズ」ポスター「記憶」を制作したアートディレクター 井上嗣也さん

眼光に映す継承の願い

 「ヒロシマを次の世代に伝えていってほしい」。ポスターの二つの鋭い眼光から強い意志がほとばしる。イメージしたのは親子の鳥だ。太陽の光と陰影を利用した写真を組み合わせた。

 制作依頼を受けた時、10代後半で見た、原爆被害の写真冊子「廣島」(岩波書店)が浮かんだ。笑顔の子どもたちを捉えた一枚。説明書きには「これからは小鳥のように楽しく生きたいと、原爆の子たちはいっている。しかしその小鳥はとても自分のピカドン傷を気にしている」とあった。明るさと裏腹にある悲しみに衝撃を受けた。

 制作には3、4カ月かかった。「作品が被爆者を悲しませてはいけない」。悩み抜き、できあがったのは2種類。もう一つは、肉体に刻み込まれた記憶をテーマに、人間の肌を撮影した。より伝わりやすいのでは、と今作を選んだ。

 宮崎県西都市生まれ。上京し1978年にデザイン事務所「ビーンズ」を設立した。馬や犬など躍動する被写体を、斬新なデザインに仕立ててきた。飲料メーカーや人気ファッションブランドの広告、俳優宮沢りえの写真集のデザイン、日本野球機構のロゴマーク「NPB」―。作品は多岐にわたる。

 「最近、記憶といえば光を思い浮かべる」。旅先でも思い出に残るのは光だという。では、あの日の記憶の光とは。「忘れることで今を享受できるかもしれないが、忘れることの危うさもある」と感じる。「100が100残ることはあり得ない。受け継いだ80の残り20は自分で探すべきだ」

 「生き物が大好き」と話す。東京都世田谷区で妻と2人暮らし。(石井雄一)

(2014年6月30日朝刊掲載)

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