×

社説・コラム

天風録 「コンマ一つで」

 あの副総理もお気に入りの漫画「ゴルゴ13」に風変わりな一編がある。題材はイスラエルの核保有だが、苦み走った狙撃手が銃口を向けるのは毎度のような要人ではない。英文の読点、コンマだ▲核兵器の凍結を誓う、米国との協定書。それがコンマを一つ増やす細工で逆の意味になる―。見抜いたゴルゴは調印式で書面をピンポイントで撃ち抜き、陰謀を防ぐ。国際情勢の教科書といわれる漫画だけに奥が深い▲荒唐無稽なつくり話と笑っていいものか。私たちの目の前にあるのは集団的自衛権の限定的な行使を認める閣議決定の案文。時と場合によっては他国の戦争に首を突っ込めるとも読める。まさに戦後史の流れが変わる▲焼け跡で不戦を誓った平和憲法と正反対の方向になりかねない。なのに与党の協議は「恐れ」を「明白な危険」とするなど、言葉遊びの感もあった。歯止めどころか意図的な「コンマ」が隠されていないか気に掛かる▲かの作品で黒幕の暴走を食い止めたのは、米政府の良識派である。日本の閣議では、ちょっと待ったと声を上げる大臣はいないものか。目を皿にして、この文章をいま一度読み直そうと。議論にピリオドを打つのはまだ早い。

(2014年7月1日朝刊掲載)

年別アーカイブ