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社説・コラム

『書評』 ヒロシマ戦後史 宇吹暁著 原爆資料踏まえ的確に

 著者は広島県史編さん室、広島大、広島女学院大に在籍した40年余、一貫してヒロシマの歴史と向き合ってきた数少ない研究者の一人である。戦後世代として「広島県史 原爆資料編」「原爆三十年 広島県の戦後史」の編さんに携わり、広島大で原爆資料の収集と分析に従事してヒロシマを掘り下げた。

 ヒロシマの戦後史は被爆者援護、原水爆禁止運動など政治と結びついているゆえに、いまなお歴史の評価を下しにくい要素をはらんでいる。研究者が通史の執筆に二の足を踏む理由もそこにあった。

 著者は長年の調査、研究をもとに、資料を丹念に読み込んで事実を積み上げ、その難問を乗り越えた。研究者の自負とでもいうのだろうか、評価を極力控えた筆致が、逆に説得力を増す。

 被爆者援護法を求める運動が、原爆医療法や被爆者特別措置法に矮小(わいしょう)化される過程をたどり、被爆者がいまなお満たされない思いを抱くに至る背景に政治の貧困を見る。

 原水禁運動の萌芽(ほうが)から高揚期、安保条約改定、部分核停条約などに起因する運動の分裂…。政党や労働団体のエゴ、主導権争いが原水禁運動の混迷、停滞を招くに至る流れなども、資料によって的確にあとづけされている。

 著者が精魂を傾けた原爆手記の収集、分析も、その意義づけなどを過不足なく取り上げた。戦後の再出発への動き、占領下の広島、サンフランシスコ講和条約以後の動向など初期のヒロシマをめぐる歴史は、著者をおいて書ける人はいないかもしれない。

 被爆70年を来年に控え、被爆者数が20万人を割り込んだいま、ヒロシマの歴史をたどる営みは年とともに難しくなっている。加えてわれわれは「フクシマ」の問題とも向き合わざるを得ない。

 評者は現役記者だった一時期、原爆報道にかかわったことがある。その経験からすると、本書は次世代に読み継がれる紙碑になるだろう。好著の誕生を喜びたい。(島津邦弘・元中国新聞社編集委員)

岩波書店・3024円

(2014年7月19日朝刊掲載)

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