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社説・コラム

天風録 「敵だって大事にしろ」

 岩手・大船渡の山浦玄嗣(はるつぐ)医師は、この地の気仙方言でイエスのことばを編む。類書のないケセン語新約聖書は、出版社の倉庫が津波に襲われても無事だった。「おまえの敵を愛せ」は「敵(かだギ)だってどごまでも大事(でァじ)にし続げろ」と訳す▲山浦さんいわく、「愛してる」なんて港町の男衆は照れて言えまい。なら「大事にする」でいいぞ。憎い相手でもそう、人なんだと思って尊重する。日本人は「敵に塩を送る」の精神を誇りにしてきたじゃないの、と▲聖書も聖典も生んだ地で憎しみの応酬がやまない。パレスチナ自治区ガザで犠牲者が千人を超した。イスラエルは住民に避難を警告したというが▲「どこへ逃げろというの」という現地の悲痛なネット投稿を、府中市出身の写真家高橋美香さんは日々読む。14年前から足を運び、蜂起で死んだ少年の遺品に涙すると、ミカが今、撮らなきゃ―と遺族に諭されもした▲ここ数日は一時休戦の雰囲気があったが、戦闘は再び激化する。「止めるのに必要な血はまだまだ足りませんか」という2週間前の投稿を、美香さんは日本人への問いとも受け止めた。「敵だって大事にし続げろ」と、人道に基づく停戦を世界中が促さなければ。

(2014年7月30日朝刊掲載)

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