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社説・コラム

『この人』 「オノ・ヨーコさんと平和を想う会」実行委員会の高校生代表 醍醐真弥さん

伝えたい 祖父の姿胸に

 芸術家オノ・ヨーコさんを迎え、大学生たちと広島市で開いた「平和を想う会」でパネリストを務めた。「被爆者だった祖父の思いを継承したい。若い世代と共有していく」と語る。

 「読むと涙が流れる」という文章がある。小学1年生のとき亡くなった祖父の手記だ。原爆投下時、旧制広島二中(現観音高)の2年生だった。爆心地近くで建物疎開の作業をするはずだったが、急きょ1年生が行くことに。そして、1年生は全滅した。祖父がその体験を語ってくれたことは一度もなかった。

 大竹市生まれ。幼いころから被爆者の証言を聞き、平和教育を受けてきた。しかし、「継承のために何かしなければ」と思ったことはなかったという。

 転機は、2012年11月。東日本大震災の復興ボランティアで訪ねた東北の高齢女性との出会いだった。家族の死を身を切るように語り、「帰ったら必ず伝えてね」と言われた。祖父の姿と重なった。原爆について語るのを嫌った祖父が、なぜ亡くなる前に手記を書いたのか。「二度と悲劇を繰り返したくなかった。生き残った罪悪感と葛藤を乗り越え、言葉を絞り出したのだと思う」

 ボランティアで知り合った大学生から「想う会」への協力を依頼され、快諾した。「被災地のことも含め『伝えること』が私のテーマになった」。実家の寺には8月6日、近くの住民がお参りに訪れる。父の法話に続き、ことしは初めて、祖父や被災地について語るつもりだ。

 人気グループ「EXILE(エグザイル)」の大ファン。「全力を尽くす姿がかっこいい」。五日市高3年。両親、祖母と4人暮らし。(久保田剛)

(2014年7月31日朝刊掲載)

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