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社説・コラム

『書評』 軍縮と武器移転の世界史 横井勝彦編著 「巨艦」復活 歴史の皮肉

 「軍縮下の軍拡」はなぜ起きたのか―。この副題が的を射ている。

 私たちは教科書でワシントン、ロンドンの両海軍軍縮会議について学び、国際協調と軍縮の時代というイメージを第1次大戦後の戦間期に対して持つ。しかし、それは一面的な見方だったのだ。

 理由の一つは、ワシントン会議で日英米3国は主力艦や空母の一部が保有制限を余儀なくされる一方、大型巡洋艦や駆逐艦は新たな建艦競争を始めたからである。さらに魚雷や航空機などの新兵器開発も、国家間の武器取引も、実はこの時代に広がった。先進諸国の兵器産業は軍縮の圧力を巧みにかわし、新興諸国は主権と独立保持のために武器輸入を拡大した。

 この時「大艦巨砲主義」という偶像崇拝の時代は終わりを告げたはずだったが、旧日本海軍は幻影を追い続けた。評者は90歳を過ぎた海軍航空隊の元操縦教官の証言を聞いたことがある。「太平洋上で日米両主力艦隊が主砲を用いた一大決戦を交える」という想定の座学を受けたという。

 共同研究の本書の中で「装甲巨艦の記号化」という見出しが目を引く。筆者小野塚知二によると、砲撃に耐える装甲を施し敵の装甲を破る巨艦は、国家財政や世論に配慮して規制しているだけで本当は大切なもの―という発想が、どの締結国にもあったという。国威発揚の記号である。

 だからこそ軍縮体制が破綻すると、大艦巨砲主義は息を吹き返した。だが、日本のように資源の乏しい国が巨艦に過大な予算を費やせばどうなるか。第2次大戦の結末を見れば、火を見るより明らかだ。歴史の歯車は逆に加速したのか。

 あとがきは、安倍政権が武器輸出三原則を全面的に見直し、原則禁輸は輸出拡大へ向かう―と追記する。武器輸出を歴史研究の対象にしてこなかったと、自戒してもいる。現下の情勢に照らせば、本書は刊行の意味がより増すだろう。

 千田(ちだ)武志は、軍縮が呉海軍工廠(こうしょう)にもたらしたさまざまな影響を解読している。今に至る造船・鉄鋼業の流れが分かって興味深い。(佐田尾信作・論説副主幹)

日本経済評論社・5184円

(2014年8月3日朝刊掲載)

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