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平和の手段 問う夏 広島 あす原爆の日

 慈しんでくれた父母も、一生懸命育てた息子や娘もあの瞬間まで確かに生きていた。生き抜いた被爆者は今も心身の傷に苦しむ。69年前、一発の原爆に奪われた一人一人の人生を思う時、誰もが核兵器の存在と、戦争に「ノー」を突き付けずにはいられないだろう。政府が今夏、集団的自衛権の行使容認に転じた。米国の差し出す「核の傘」とともに、武力を背景に国の安全を守る構えを強めようとする中、広島は6日、原爆の日を迎える。

 母親のおなかの中で原爆に遭った胎内被爆者たちが5日、広島市中区で全国組織をつくる。被爆後の歳月とほぼ同じだけよわいを重ねる「最も若い被爆者」。記憶はなくても、母とともに歩んだ戦後の苦楽を語り、平和の大切さを訴えようとしている。

 被爆者健康手帳を持つ被爆者は3月末時点で19万2719人。1957年度に手帳交付が始まって以来、初めて20万人を割り込んだ。平均年齢は79・44歳。「原爆」を肌身で知る人がいない時代は、いや応なしにやってくる。被爆者の遺品、被爆建物…。由来をたどれば、きのこ雲の下の惨禍が見えてくる。記憶を継承する手だてを、私たちは一つでも多く見つけ、次代に伝えなければならない。

 老いを深める被爆者が願ってやまない「核兵器のない世界」への道筋はまだ見えない。非核兵器保有国の政府や非政府組織(NGO)が、核兵器の非人道性に焦点を当てて廃絶を急ごうとしている。

 非人道性と不使用を訴える国際的な共同声明に日本は昨年10月、4回目で初めて署名した。賛同を求める被爆者や市民の声が少なからず圧力になったともとれるが、そこに「非合法化」の文言はない。

 そして政府が「核の傘」に頼る安全保障政策を変えたわけではない。4月に広島市であった、日本を含む12カ国でつくる「軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)」の外相会合でも核兵器の非合法化の議論は敬遠された。政府は7月、集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。

 「抑止力」を成り立たせるには、ひとたび有事には相手国に仕返しをする必要がある。脅しが脅しでなくなる日が訪れ、核兵器が使われる可能性も―。被爆者をはじめ、戦争体験者の懸念はぬぐえない。松井一実市長は6日の平和記念式典で読み上げる平和宣言で、各国に対し、信頼と対話に基づく安全保障政策への転換を迫る。

 戦後69年間、日本は国として核兵器を持たず、戦争をしてこなかった。間違っていない。まだ間に合う。平和憲法の下、被爆者とともに、平和を希求する決意を新たにしたい。(岡田浩平)

(2014年8月5日朝刊掲載)

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