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社説・コラム

『潮流』 夏休みの「重い」宿題

■三次支局長・田中紀昭

 夏休みに入って早々、浮かぬ顔の中1の息子から感想文用の本を選んでほしいとせがまれた。「長くなくて軽いのがいい」という注文まで付いて。朝井リョウの「桐島、部活やめるってよ」など3冊を見繕った。

 ある調査によると、読書感想文は子どもが最も嫌いな夏休みの宿題だという。私が初めて感想文の宿題に直面したのは、中2の夏だった。なかなか読み切れず、筆も進まないまま、難儀した苦い記憶が残る。

 当時、推薦図書のパンフレットから選んだのは「遺書配達人」。タイトルからミステリーと思い込んでいたが、違う。中国戦線に従軍した13人の戦友から託された遺書を終戦後、留守宅へ配り歩く、という戦争をテーマにした小説だった。

 作者は有馬頼義(よりちか)(1918~80年)だ。自身も旧満州(中国東北部)で軍隊生活を送り、通信社の記者を経て作家生活に入った。勝新太郎主演映画「兵隊やくざ」の原作「貴三郎一代」などで知られる直木賞作家だが、今は書店では作品をあまり見かけない。

 あらためて取り寄せ、三十数年ぶりに読んでみた。単行本で200ページ余り。物語は短編形式で、当時のニュースを挟み込み、時代背景を交えながら進む。貧しさに耐えながら、怒りに突き動かされるように遺書を配り続ける主人公の男。受け取る側の苦しい心情や境遇も切々と描いている。

 まもなく、広島は原爆の日を迎える。読み直して、主人公が広島の原爆で両親と妹一家を失い、身寄りがなくなったことをにおわせる描写もあることに気付いた。戦争の結末を、さりげなく浮かび上がらせている。

 物語は、遺書2通が配られないまま終わる。

 「もう、戦争の音なんか、聞こえやしない」

 そう語る戦友に反発する主人公が、今も街角をさまよっている。そんな想像が脳裏をよぎる。

(2014年8月5日朝刊掲載)

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