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不戦69年 重み未来へ 原爆の日式典 広島市長宣言「平和国家の道を」 

 広島の街に米国の原爆が投下されて69年となる6日、広島市は中区の平和記念公園で市原爆死没者慰霊式・平和祈念式(平和記念式典)を営んだ。43年ぶりとなる本格的な雨の中、被爆者や遺族たち約4万5千人が参列。松井一実市長は平和宣言で、憲法の平和主義のもと69年間、戦争をしなかった事実を強調し、「平和国家の道」を今後も歩み続けるよう政府に訴えた。(岡田浩平)

 市によると、「平和復興市民大会」が開かれた1946年を含め、本降りでの式典は71年に続き2回目となった。海外代表の参列は68カ国の政府と欧州連合(EU)。米国のキャロライン・ケネディ駐日大使も着任後初めて広島を訪れ、式典に臨んだ。

 午前8時に開式。松井市長と遺族代表2人が、この一年で亡くなったか、死亡を確認された広島の被爆者5507人の名前が書かれた原爆死没者名簿を原爆慰霊碑に奉納した。名簿は3冊増え107冊、29万2325人分になった。長崎原爆死没者の1冊もある。

 原爆投下時刻の8時15分。遺族代表の歯科医師加藤千季(かづき)さん(29)=中区、戸坂小6年岡野初衣(うい)さん(11)=東区=が突く「平和の鐘」の音を合図に、全員で黙とうをささげた。

 雨脚が強まる中で、松井市長が平和宣言。動員学徒や原爆孤児たち被爆者4人の体験を紹介し、「戦争文化」ではなく「平和文化」をつくる努力を、と代弁した。核兵器も戦争もない平和な世界のため、被爆者とともに行動するよう世界へ呼び掛けた。

 政府が閣議決定した集団的自衛権の行使容認には直接触れなかった。2011年3月に福島第1原発の事故が起きてから盛り込んできたエネルギー政策のくだりもなかった。

 こども代表の尾長小6年牟田悠一郎君(11)=東区、牛田小6年田村怜子さん(11)=同=は「平和への誓い」で「たくさんの違う考えが平和への大きな力となる」と声を重ねた。2年続けて参列した安倍晋三首相は「非核三原則を堅持しつつ核兵器廃絶、世界恒久平和の実現に力を惜しまない」と述べた。

 被爆者健康手帳を持つ被爆者の平均年齢は13年度(ことし3月末時点)で79・44歳。19万2719人となり、1957年度の手帳交付開始以後、初めて20万人を切った。

平和宣言の骨子

・「絶対悪」である核兵器の廃絶へ、武力ではなく、人と人とのつながりを大切に未来志向の対話ができる世界の構築が不可欠。被爆者の人生を自分自身のこととして考え、ともに伝え、考え、行動するよう訴える

・動員学徒や原爆孤児たち4人の体験や戦後の過酷な暮らしを紹介し、「戦争文化ではなく平和文化を作る努力を」とアピール

・平和首長会議は、核兵器の非人道性に焦点を当てて非合法化を求める動きを進め、核兵器禁止条約の交渉開始を求める国際世論の拡大を誓う

・オバマ米大統領をはじめ核保有国の為政者に被爆地訪問や、信頼と対話による新たな安全保障の仕組みづくりを働き掛ける

・日本国憲法の崇高な平和主義の下で戦争をしなかった事実を重く受け止め、名実ともに平和国家の道を歩み続けるよう政府に求める

(2014年8月7日朝刊掲載)

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