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国際シンポジウム 山上総政局審議官スピーチ 概要

(8月2日(土)於:広島国際会議場)

1.冒頭

 明年2015年は,原爆投下から70年という節目の年であり,5年に一度の NPT 運用検討会議が開催される。本年4月にも,広島出身の岸田文雄外相主催により軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)外相会合をここ広島で開催し,ドイツ,オーストラリア,フィリピン,オランダ,トルコの5か国の外務大臣を始めとする12か国の各国代表に,被爆の実相に触れていただいたところ。

 こうした中,いかにして東アジアにおいて信頼醸成を図り,「核兵器のない世界」を実現するかについて議論する本シンポジウムは,非常に時宜を得たものである。

 本日の講演のテーマは「信頼醸成」。ただし,安全保障面に限定された狭義の「信頼」(コンフィデンス)の話だけではなく,政治面,人的交流面も含めた広義の「信頼」(トラスト)について触れたい。外交の現場での 30 年間に及ぶ個人的体験を踏まえて,会場の皆さんと今,現場で何が起きているかを共有したい。ただし,見解,印象等に渡る部分はすべて個人的なものとして受け止めていただきたい。

2.周辺環境の変化

 「核兵器のない世界」に向けた道筋について議論する前に,我が国を巡る周辺環境の変化について述べたい。光の部分と影の部分の両方がある。

 光の部分:最近,香港,上海,ソウル,台北,シンガポールなど,東アジアの都市を訪問された方はいるだろうか?訪問された方は実感されたと思うが,東アジアはわずか数十年で急速に発展,これまでにない繁栄を享受している。具体的には, 中間層を基盤とした市民生活の充実,新しい文化やライフスタイルの開花である。

 影の部分:懸念されるのは,日本を取り巻く安全保障環境が厳しくなっていること。三つの問題に言及したい。

 第一に,領土・領海,シーレーン,歴史認識問題などをめぐり,様々な軋轢があること。経済,社会,文化の隆盛・繁栄とは裏腹に,特に近年,その傾向に拍車がかかっている。この観点で,本日他の講演者から,「日中韓では,同じようにナショナリズムが高まっている。」との指摘が寄せられたが,この点は慎重な考察が必要と考える。先進国として長年国際社会に貢献してきた国と,台頭し自信をつけつつある国とを同列に置くことは適当であろうか?むしろ,国際関係論を学んだ者として大切なことは,物事の現象面に着目するだけではなく,問題の根源は何かを探ることであると考える。軋轢の背景には,地政学上のせめぎ合いがあると言えよう。それは,例えば,端的には,台頭するパワーによる力と威圧による一方的な現状変更の試みであり,また,国家主義的体制が生存を懸けた試みを重ねている面もあろう。第二に,域内の軍事費や武器取引の急増が深刻になっていることである。国防支出費が過去10年で倍増している国は中国一国だけではない。また,日本の自衛隊は陸・海・空を合わせて 25 万人足らずであるのに対し,陸軍兵力だけで100万を超える近隣国が日本の周りには3か国もある。

 第三に,核兵器については,大国間の核戦争のリスクは減少したものの,以下の 3 点の問題がある。

● (1)世界には依然として16,000発以上の核兵器が存在。これは人類を滅亡させるのに十分な数。日本は,核を保有するロシア,中国,核開発を進めている北朝鮮に囲まれている。

● (2)多くの核兵器が高度警戒態勢(high alert)状態にあると言われており,偶然,誤断による核兵器使用のリスクは,21世紀になった今も現存。とりわけ,東アジアには不透明な形で核戦力の増強を図っている核兵器保有国も存在。

● (3)拡散上の懸念も存在。特に,北朝鮮は,2006年,2009年,2013年と三度の核実験を実施し,運搬手段となるミサイルと合わせ,核・ミサイル開発を継続。

⇒こうした状況は,地域をますます困難な状況に置いている。今,東アジアほど,信頼醸成が求められている地域はない。

3.東アジアにおける信頼醸成の方途

 では,いかにして東アジアにおける信頼を醸成していくべきなのか。大きく分けて3つの方途がある。

① 共通のルールの遵守と,そのための体制構築(法的アプローチ)
 一般論として言えば,いかなる人間の共同体にも,皆が従うべきルールがあり,それに従うことを通じてこそ,互いの信頼関係が醸成され,難しい問題にも協調して対処できる。これは,人類社会が長年の経験を積み重ねて得た知恵と言うべきものである。

 そうした観点から,国際社会のプレイヤーが従うべきルールは,国際法である。国際法に従わなくてよいのであれば,「力」の論理が横行し,相互不信の連鎖という悪循環を招いてしまう。

 領土,領海,排他的経済水域等を巡る紛争は,国際法に従って平和的に解決することが肝要である。こうした考え方に立って,日本は,北方領土や竹島に係る紛争を国際司法裁判所(ICJ)に付託することを含め,平和的解決を模索してきた。関係当事国が同様の対応をとることを期待している。

 深刻なのは海である。世界166もの国・地域が締結した国連海洋法条約(UNCLOS)は,「海の憲法」とも呼ばれるルールである。この点,南シナ海での問題を巡って ASEANと中国との間で,実効的な行動規範(COC)が早期に作成されることを期待している。

② 地域・多国間の安全保障枠組みの一層の強化(政治的アプローチ)
本日,ミッチェル博士から,欧州を中心としたOSCEの経験について非常に示唆に富む話をうかがい,大変参考になった。他方,アジア太平洋地域の特徴として,特に欧州と比較した場合,違いとして直ちに指摘できることとして,(1)域内各国の経済発展段階,(2)政治・経済体制,さらには(3)各国の尊重する価値(民主主義,人権の尊重,法の支配等),(4)安全保障観に多様性があるといったことがあげられる。むろん,違いを挙げて事足れりということではない。多様性に富む地域であるからこそ,様々な対話の枠組みを重層的に整備することが重要であると指摘したい。そのような対話の枠組みとして,以下の三つをあげておきたい。

(ⅰ) アジア地域フォーラム(ARF)。26か国・1機関が参加。過去20年にわたり,災害実働訓練やテロ対策などの分野で実績を蓄積。本年7月,軍縮・不拡散に関する会期間会合を東京で開催。外相レベルで行われ,8 月上旬の会合には,岸田外務大臣が出席される予定。

(ⅱ) 東アジアサミット(EAS)。設立には日本も大きく貢献。地域の首脳級の枠組みとして貴重。安倍総理はシャングリラ・ダイアローグで,EAS を地域の政治・安保を扱う第一のフォーラムとすべく,その機能強化を提唱。

(ⅲ) 軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)。12か国からなる外相レベルの集まりであり,日本・豪州が主導して設立。唯一の戦争被爆国でもある日本にとって,軍縮・不拡散分野における国際社会の取組をリードすることは,大きな意味ある。

本年4月にここ広島で開催された第8回 NPDI 外相会合では,
・ すべての種類の核兵器削減
・ 核軍縮交渉の多国間化
・ 核軍縮努力を行っていない国に対する核戦力の削減の要求
・ 透明性の向上
・ 包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期批准,兵器用核分裂性物質生産禁止条約(通称:カットオフ条約,FMCT)の早期交渉開始及び妥結への呼びかけ等,現実的かつ実践的な措置につき合意。また,各国の政治指導者の被爆地訪問を呼びかけた。この点は,唯一の戦争被爆国である日本の広島出身の外務大臣がいるからこそ,説得力を増したと思料。

 信頼醸成との関係で不可欠な要素である透明性の向上については,2015年 NPT 運用検討会議第3回準備委員会で核兵器国は自国の核戦力について統一的な 構成に基づいて報告書を提出したものの,各国によって報告状況にはかなり差異 あり。NPDI は標準報告フォームを提案しており,これに基づき,より一層透明性 の高い報告を定期的に行う努力を継続するよう呼びかけていく。

 また,IAEA 保障措置実施体制の強化,特にアジアにおける輸出管理の強化,核セキュリティ対策強化等,岸田大臣が提唱した不拡散の取組を引き続き推進。

③ 対話と交流の一層の促進(人的交流アプローチ)
 「対話と交流」と言っても,首脳級から一般市民まで様々。あらゆるレベルでの対話と交流が必要である。政治レベルで言えば,日本は,信頼構築には対話が重要との観点から,近隣諸国に対し「対話のドアは常にオープンである」旨,各種機会で発言しているが,頑なに提案に応じない国があるのは残念である。意見の相違や問題がある時こそ,対話をすべき。

 本日,講演者の一人の方から,「対話が実現しないのは,日本の総理大臣の歴史認識が問題だから。」との発言が寄せられた。そうした議論を突き詰めると,「韓国と同じ歴史認識をとらなければ対話はできない。」ということになりかねない。歴史認識は,百人の人間がいれば,百とおりあり得る。例えば,遺憾ながら,原爆投下は戦争の終結のため必要であったというのが,多くの米国人の「歴史認識」である一方,我々日本人として受け入れられるものではない。しかしながら,だからといって対話をしないということはあり得ないであろう。

 市民レベルの交流も,政治レベルの交流と同様に重要。文化やスポーツを含め,人的交流の活性化は相互理解を深め,誤解と偏見に基づく相互不信を打破していく。例えば,日本に留学している中国人大学生の間でも,「中国にいる時には,村山談話を知らなかった」というような学生も見られる。一年間日本に留学した韓国人は,日本の強さは庶民にあるとの感想を抱いて国に帰っていった。こうした例を見るにつけ,人的交流の重要性を痛感する。

 「キノコ雲」を広島と長崎に描いた中国紙のイラストなどは,誠に不見識であり,耐えがたい苦しみを経験された被爆者とご家族の感情を踏みにじるものである,いわば無知と偏見の産物。だからこそ,粘り強い働きかけが必要と考える。

 人的交流の深化のため,日・ASEAN 友好協力40周年であった昨年以降,(既に査証免除が行われていたシンガポール及びブルネイを除く)ASEAN8か国で査証免除・緩和措置を実施。年間来日外国人観光客数が一千万を超えたことは心強い。だが,フランスは 8 千万にも及ぶことに留意したい。

4.結語

 本日のシンポジウムでは,「東アジア」ということで日中韓の3か国に光が当たっている。

 また,中国の一部からは,よく「日本はアジアの人民の信頼を得ていない。」との発言が聞かれる。果たしてそうであろうか?

 最近東南アジア諸国で行われた世論調査では,米国,中国,韓国,ロシア等と並べた中で,現在,将来の双方において,「日本が最も信頼ができる国」であるとの調査結果が明らかになっている。また,英国の BBC 放送が毎年行っている世界主要国の好・悪影響調査では,日本は過去数年続けて一位,二位を維持してきたほか,至近の調査でも,アジア諸国の中では段トツである。これらは,戦後の日本の平和外交の歩みがもたらした一つの成果といえるのではないだろうか。

 「核兵器のない世界」を究極的に実現するためには,本日ご説明したような取組を通じ,東アジアにおける信頼醸成を促進することが重要である。そのためには,政府のみならず,市民一人ひとりの理解と協力が不可欠である。官民が連携・協力しつつ,力を尽くしていきたい。

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