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「世界の非核化と北東アジア・日本の役割」 鈴木達治郎氏 報告

「世界の非核化と北東アジア・日本の役割」

Nuclear Weapons Abolition and the Role of Northeast Asia and Japan

2014年8月2日国際シンポジウム

鈴木達治郎
長崎大学 核兵器廃絶研究センター(RECNA)副センター長・教授

はじめに

 世界の非核化を実現するうえで、北東アジアの状況は大きな壁の一つである。現在の北東アジア情勢は、北朝鮮の核問題が依然深刻な状況にあるうえ、領土や歴史問題等、関係各国間の対立する課題が多く存在している。一方、核兵器の非人道性をめぐる議論が進む一方、2013年7月には国連事務総長軍縮諮問委員会が「事務総長は、北東アジア非核兵器地帯の設立に向けた適切な行動を検討すべきである」との勧告 を行うなど、アジアの非核化を促進する動きもでてきた。本小論は、そういった背景の中で、世界の非核化に向けての課題とその克服にむけて、特に北東アジアと日本の役割を、主に2014年4~5月初めに開催された核拡散防止条約(NPT)第3回再検討会議準備委員会における議論を中心に、被爆地長崎からの視点でまとめたものである。

1.世界の非核化に向けて:核兵器の非人道性をめぐる議論と日本世界の非核化を実現するためには、核兵器の非合法化を目指すことが不可欠となる。その議論を進めるうえで、重要視され始めたのが「核兵器の非人道性」をめぐる議論である。

 例えば、NPT第3回再検討会議準備委員会(2014年4月28日~5月9日)での各国の演説でも核兵器の非人道性が多く言及された。特に注目された演説として、マーシャル諸島共和国トニー・デブレム外相の一般討論があげられる。この中で、外相自身が60年前のビキニ水爆実験の目撃者であると述べ、さらに核実験の大部分が国連信託統治下で国連が許可した核実験であったと述べたものの、「ここに来た理由は、核兵器の危険性とその結末を、国連、とりわけその参加国にもう一度想起させる必要があるとすれば、それはマーシャル諸島ではないか、と問うためである」と述べた 。その背景には、同国が核兵器使用の人道的結末に関する昨年の国連総会決議(ニュージーランド提案のもの)に賛同し、ナヤリット会議に参加した経過があった。また、米国のガテマラー国務次官も、自身がマーシャル諸島や広島を訪問した時の体験をもとに、「(核兵器の)人間への影響を記憶にとどめることが必須である」と述べ 、ヒバクシャの声を全人類が忘れないことの重要性をあえて言及したことは興味深い。このように、準備委員会で演説した63カ国・組織のうち、52カ国もの国が「核兵器の非人道性」に触れたのである。

 その中で、やはり広島・長崎市長の演説も大きな役割を演じた。平和市長会議の代表として両市長はともに、被爆者の平均年齢が78歳を超える高齢化の現実の一方で、若者の活動 が活発化している点に触れつつ、非人道性を根拠に核兵器禁止条約へと国際社会が進むことを強く要求した。特に、田上長崎市長は「長崎ユース代表団」について触れ、ヒバクシャの思いを継承する努力を続けていくことが核の「非人道性」を訴えるうえで不可欠であることを強調した。そして、核廃絶にむけて、核保有国の責任はもちろんのこと、「核の傘」にある諸国の責任も重いことを強調した 。

 これに対し、日本政府代表は、不拡散・軍縮イニシアチブ(NPDI)の代表として演説を行った。NPDIは、2014年4月12日に広島宣言 を発表しており、その中でも核兵器のもたらす「人道的結末」について言及し、「世界の政治指導者たちにもその非人道的な結末を自身の目で確かめるため、広島および長崎を訪問するよう呼びかける」とのメッセージを打ち出したことは評価されるであろう。

 しかし、このような議論は、当然のことながら「核兵器の非合法化」につながらなければ意味がない。残念ながら、前述の「非人道性」に言及した52カ国のうち、「非合法化」やそれに準ずる「(核廃絶に向けた)法的枠組み」に言及した国は、わずか17カ国にとどまった。核兵器国はもちろんのこと、NPDIの広島宣言もこの点では全く不十分であり、世界の非核化への加速を願う被爆者の声が十分に届いていないと言わざるを得ない。同じNPDIのメンバー国でありながら、メキシコはNPT準備会合において核兵器を禁止する法的文書を交渉するプロセスの開始を訴え、フィリピンは核兵器禁止条約(NWC)の交渉を即時に開始すべきと訴えた。被爆国日本政府の主張がこれら諸国に比べ弱い印象にとどまったことは極めて残念であった。

 このように、日本政府が「非人道性」にふれたものの「非合法化」や「法的枠組み」まで踏み切れなかった理由は何であろうか。それは明らかに、日本の安全保障が「核の傘」に依存しているからであろう。今後、日本が「核の廃絶」に向けて、もう一歩ふみこんで、主導的な役割をはたすためには、「核の傘」に依存しない「安全保障の枠組み」を構築していくことが必要不可欠だろう。その一つとして、「北東アジア非核兵器地帯構想」が考えられる。

2.北東アジア非核兵器地帯(NEA-NWFZ)に向けて:「困難な状況は非核地帯をあきらめる理由にならない」「非核地帯に向けて努力すること自体が信頼醸成につながる」

 そこで、注目されるのが、非核兵器地帯設立に向けての動きである。今回のNPT再検討会議準備委員会では、中東の非大量破壊兵器地帯設立にむけて、中東会議の行方が最も注目されていたが、その中でも過去「非核兵器地帯」を設立させてきた国々のメッセージは、説得力を持って迎えられた。たとえば、ラテンアメリカおよびカリブ地域における核兵器禁止に関する条約(トラテロルコ条約)機構(OPANAL)の事務局長マセド・ソアレス大使(ブラジル)の非核地帯に関する 演説は、大変注目を浴びた。大使は、演説の最後に、トラテロルコ条約の交渉当初の政治情勢について言及し、「当時の中南米は、非核兵器地帯の設置へ向けてさまざまな問題を抱えており、逆風ばかりで、とても条約が成立するような見通しが立たなかった」と述べ、それを乗り越えての条約実現を達成した結果、「中南米における信頼醸成と安定が進むことにもなった。中東も現在の厳しい状況を乗り越えて非大量破壊兵器地帯を実現することは可能だ」と発言した 。ここでのメッセージは、二つある。一つは、「困難な状況は非核地帯をあきらめる理由にはならない」ということであり、もう一つは「非核地帯を成立させるプロセス自体が、地域の信頼醸成に大きく貢献する」というものである。

 さて、北東アジア非核兵器地帯についてであるが、昨年以来注目すべき動きがいくつか出てきた。

 第一に国連事務総長諮問委員会での提言に続き、モンゴル政府ツァヒャ・エルベグドルジ大統領が、2013年9月26日の核軍縮に関する国連総会ハイレベル会合で「それはたとえすぐに可能ではなくとも、間違いなく実現可能です。」と述べ、公式に北東アジア非核兵器地帯成立への協力を表明した。第二に、日本政府も外務省の「日本の軍縮・不拡散外交」(第六版、平成25年) の中で、「特に近年、日本、韓国及び北朝鮮が非核兵器地帯となり、これに米国、中国、ロシアが消極的安全保証を供与する『3+3』構想が一定の注目を集めている」と記述しており、構想への期待を示している。

 さらに、前述のNPDI広島宣言においても、第22項において「非核兵器地帯の設立は核軍縮・不拡散プロセスを強化するうえで重要な措置であることを強調する。それゆえ、(核兵器国に対し)・・これら条約の目的及び趣旨に反する留保を行わずに関連する議定書への批准を確保するよう要請する」との文章が入れられたことは、一歩前進と評価してもよいだろう。しかし、これが一般的な要請だけではなく、北東アジア地域にまで踏み込む姿勢が日本には求められていると思う。

 ここでも、長崎・広島市長は重要な役割を果たした。北東アジア非核兵器地帯の設立を支持する543人の自治体首長署名を国連事務総長に提出したのである。さらに、日韓モンゴルNGO共催の市民フォーラム「北東アジア非核兵器地帯へ、今、行動の時」を開催し、国連軍縮局をはじめとした、多くの政府関係代表者70人が参加した 。

 長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)は、2012年の設立以来、このテーマを中心に据えて、研究活動を続けてきている。既に2回の国際ワークショップを開催し、2014年9月には第3回のワークショップを開催して、具体的な政策提言につなげる計画である 。その中心になっているのが、モートン・ハルペリン氏の提唱する「平和と安全保障に関する包括的協定」である。これは、非核化に密接に関係する安全保障問題を個々に扱うのではなく、包括的なしかも法的に拘束力のある協定として確立することにより、非核兵器地帯設立に不可欠な核兵器に依存しない安全保障環境を醸成していくことを目指すものである。具体的には次の六つの要素が含まれている。

・朝鮮半島の戦争状態を終わらせる。
 ・常設の安全保障協議体をつくる。
 ・相互を敵視しないという宣言を行う。
 ・核および他のエネルギー支援を提供する。
 ・制裁を終結し、新協定下の制度を創る。
 ・北東アジア非核兵器地帯を創設する。

 この包括的アプローチを中心に、今年9月のワークショップでは、外務省、文部科学省の後援も得て、より政策決定に近い立場の参加者とともに、NEA-NWFZの実現化に向けての方策を議論する予定である。

3.原子力平和利用との関係:核燃サイクルとプルトニウムをどうするか

 近年、急増するエネルギー需要や深刻化する温暖化問題への対策として、原子力への期待が高まりつつある。北東アジアにおいても、中国を中心に、急速な伸びが予想されている。一方、2011年3月11日に発生した(株)東京電力福島第一原子力発電所の過酷事故は、日本のみならず、世界の原子力発電の安全性や社会との関係に深刻な影響をもたらした。特に日本では、すべての原子力発電所が運転停止したままであり、2014年3月には新しいエネルギー基本計画が閣議決定されたものの、将来は依然不透明なままである。

 世界やアジアの非核化を考えるうえで、原子力平和利用の将来も重要な要素として注意を払わなければならない。中でも重要なのが、プルトニウムおよび高濃縮ウランといった兵器転用可能核物質(WUM)を生産することのできる濃縮・再処理施設や技術の拡散をどう防ぐか、という課題である。北東アジアでは、核兵器を所有している中国、北朝鮮と非核兵器国で唯一日本が濃縮・再処理能力を保持している。

 特に、民生用に関して言えば、日本の核燃料サイクル政策の行方が重要な関心事となっている。核燃料サイクルの確立は日本の原子力政策の要として、開発当初より推進政策がとられてきた。その結果、再処理から回収されるプルトニウム在庫量は、2012年12月末現在、国内で9トン、欧州に35トン、合計44トンにも上っている 。プルトニウムをMOX燃料にしてリサイクルする計画は、事故後も変更になっていないが、原子力発電の稼働見通しそのものが不透明な中、再処理を引き続き継続することについての懸念が、米国や周辺諸国から提起され始めている 。これに対し、日本政府は、新しいエネルギー基本計画において、次のように述べている 。

 「利用目的のないプルトニウムは持たないとの原則を引き続き堅持する。これを実効性あるものとするため、プルトニウムの回収と利用のバランスを十分に考慮しつつ、プルサーマルの推進等によりプルトニウムの適切な管理と利用を行 う。・・・今後の原子力発電所の稼働量とその見通し、これを踏まえた核燃料の需要量や使用済燃料の発生量等と密接に関係していることから、こうした要素を総合的に勘案し、状況の進展に応じて戦略的柔軟性を持たせながら対応を進める。」

 柔軟性を持たせるという変化は一歩前進ともいえるが、日本の「余剰プルトニウムを持たない政策」への信頼は、このままでは揺らぎかねない。また、日本の核燃料サイクルへの執着が、他国の核燃料サイクルへの関心を高めることにつながりかねない。たとえば、韓国も、自国の使用済み燃料対策を大きな理由に、新しい再処理研究施設の建設を進め、米国との二国間協定において、再処理の権利獲得を目指している。さらに、中国においても、民生用再処理工場の建設が計画されており、北東アジアでの再処理に対する関心は依然続いている。

 一方、WUMの在庫量削減への動きはますます強まっている。2014年3月、ハーグで開催された第3回核セキュリティサミットの共同コミュニケには、「我々は,国家がそれぞれの国内的要請と一致する形で,HEUの保有量を最小化し,また分離プルトニウムの保有量を最小限のレベルに維持することを奨励する。」との文章が採択された 。また、同サミットにおいて、日米共同声明も発表され、その中で、日本は高速臨界装置(FCA)に使用されている高純度のプルトニウムとHEUをすべて米国に返還すること発表し 、日米政府はHEUとプルトニウムの最小化へのコミットメントを示すことになった。特に日本や米国が抱えるプルトニウム在庫量の削減は容易ではなく、今後の大きな課題として残されている。

 地域の非核化を考えるうえで、核燃料サイクルとプルトニウム在庫量をどう扱うかは、一つの大きな要素として考えていかねばならないだろう。

   4.日本の役割; 非核化へのリーダーシップをとれるか

 日本は、これまで世界の核軍縮、不拡散の分野で積極的な役割を果たすことを重要な外交政策の柱としている。しかし、日米安全保障条約のもと、いわゆる「核の傘」に守られていることが、非核化へのコミットメントを弱めてきたのではないか、という懸念がこれまでも提起されてきた。

 最近では、2014年1月20日、岸田外務大臣が長崎大学で行った演説が注目された。演説では、「3つの阻止(新たな核兵器国出現の阻止、核開発に寄与しうる物資、施設の拡散の阻止、核テロの阻止)」と「3つの低減(核兵器の数の低減、核兵器の役割の低減、核兵器を所有する動機の低減)」を柱とする、核不拡散・核軍縮政策を発表した 。また、演説では核兵器の非人道性への認識と安全保障環境への冷静な認識を併記して、これまでの政府の見解より一歩踏み込んだ演説として注目された。

 しかし、世界の非核化に向けて不可欠な「核兵器の非合法化」や「北東アジアの非核兵器地帯化」については、触れられることはなかった。これでは、北東アジアにおいて、核廃絶に向けての強いリーダーシップをとれるとは思えない。また、日本自身が抱えるプルトニウム在庫量の問題についても、触れることはなかった。

 日本がリーダーシップをとるためには、被爆国としての「核兵器の非人道性」を強調していくことはもちろんのこと、「核兵器に依存しない安全保障枠組み」への構築、核兵器の非合法化、そして転用可能な核物質の削減、を明確に政策として示していくことが必要なのではないか。

最後に:被爆国、福島事故の教訓、ヒバクシャの願いを政策につなげよ  いうまでもなく、日本は被爆国として、広島・長崎の被爆者の思いを常に忘れることなく、非核政策に取り組まなければならない。これに加え、福島事故を踏まえて、事故の被害者の思いも忘れてはいけない。被害の内容に大きな差はあるかもしれないが、ともに「不条理な核の被害」をこうむった犠牲者であり、その思いには共通するものがある。その思いを、政策につなげていく努力が常に求められるのである。

 NEA-NWFZの提案は、決して新しいものではないが、今こそ日本がリーダーシップをとって推進する政策課題としてふさわしいのではないだろうか。何よりも大事なことは、厳しい政治情勢を理由にその実現をあきらめてしまうのではなく、厳しい環境であるからこそ、相互の信頼関係を醸成しつつ、具体的でかつ現実的な道を関係者全体が議論し、共有していけるプロセスを確立することであろう。RECNAの国際ワークショップがその発端となって、実現に向けての具体的なプロセスの一歩となることが、われわれの大きな狙いである。

 最後に、NEA-NWFZをライフワークとして取り組まれている梅林宏道氏の著作から、トラテロルコ条約の起草に関わったカナダの外交官、ウィリアム・エプシュタインの言葉を引用してこの論文を閉じたい。

 「『絶対ない』ということは絶対ないということを絶対意味しない、というのが政治と外交においては公理のように思われる」

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