×

社説・コラム

『書評』 核・自衛権…混迷の世問う 「原爆・平和」出版 この1年

 被爆から69年。核兵器廃絶の道のりはなお険しく、原子力発電などの核をめぐる問題も深まる。安倍晋三内閣が集団的自衛権の行使容認に踏み切り、平和をうたう憲法が揺らぐ。こうした状況にあらがうように、この1年も多くの「原爆・平和」に関する書籍が出版された。被爆70年の節目が近づく中、被爆体験を継承しようとの動きが目立ち、多彩な表現も広がる。=敬称略(石井雄一)

記憶をつなぐ

被爆者高齢化に危機感

 被爆者の高齢化が進み、記憶の継承が急務だ。危機感がばねとなり、家族の体験や自らの記憶を伝えようとする動きが相次いだ。

 被爆作家の石田耕治「雲の記憶」(河出書房新社)は、広島で被爆翌日に亡くなった弟を題材にした物語など、これまでに文芸誌で発表した5編を収めた。被爆者で児童文学作家の那須正幹は、童話集(全5巻)を出版。戦争をテーマにした3編を収めたのが第5巻「ねんどの神さま」(ポプラ社)。表題作は、戦争の記憶が薄れる現代社会に鋭い問いを投げ掛ける。

 詩人の橋爪文「ヒロシマからの出発」(トモコーポレーション)は、被爆した14歳当時や戦後を振り返る自叙伝。創価学会広島平和委員会編「男たちのヒロシマ」(第三文明社)は、被爆体験を語り始めた14人の証言集だ。

 あの日、爆心地から約870メートルにいた児玉光雄の「被爆者・ヒロシマからのメッセージ」は、放射線の影響を受けた自身の染色体に言及する。入市被爆者でHPS国際ボランティア理事長の佐藤広枝は、「ピカドン きのこ雲の下で見つけた宝物」(HPS国際ボランティア)「ようきんさった 原爆ドームは語る」(同)「菜の花のように」(広文館、南々社)の3冊を刊行。次代を担う子どもたちに平和のバトンを渡す。

 家族や親族の被爆体験を受け継ぎ、平和への思いを創作に込める作家たちも多かった。

 被爆2世の児童文学作家朽木祥「光のうつしえ」(講談社)は、入市被爆した叔父が見た光景がモチーフの一つ。被爆25年後の広島で、中学生たちが被爆者から聞き取った体験を芸術で表現する。周防柳「八月の青い蝶」(集英社)は、語らなかった父の被爆体験を文学の力でよみがえらせた。

 米国在住の美甘章子「8時15分 ヒロシマで生きぬいて許す心」(講談社エディトリアル)は、両親の被爆体験を紡いだ。憎み合うのではなく、お互いを受け入れる大切さが伝わる。金谷俊則「ヒロシマ 叔父は十五歳だった」(幻冬舎ルネッサンス)は、被爆翌日に旧陸軍被服支廠(ししょう)で亡くなった叔父の生きた証しを追った。

 重松清「赤ヘル1975」(講談社)は、広島東洋カープが初優勝した、被爆から30年後が舞台。原爆の傷痕の生々しさが残る広島に、市民球団の栄冠という希望の花が咲く。

 子ども向けの本も充実。児童文学・絵本作家の毛利まさみちの「青い空がつながった」(新日本出版社)は、東日本大震災で被災し、広島に家族で移り住んだ少女を描く。ノンフィクション作家の井上こみちは、建物疎開に動員され被爆死した実在の少年を、家族への取材を基に、絵本「8月6日、モリオの見た空」(学研教育出版)にまとめた。福山市の熊谷本郷「泣くな、東太」(銀の鈴社)は、終戦後の広島を懸命に生きる少年が主人公だ。

揺らぐ不戦の誓い

戦後の歩みを読み解く

 被爆国、そしてヒロシマの原点ともいえる「不戦の誓い」。集団的自衛権の行使容認への転換で、その根幹が揺らいでいる。

 奥平康弘、山口二郎編「集団的自衛権の何が問題か」(岩波書店)は、憲法学者や政治家、ジャーナリストが、行使容認がもたらす事態に警鐘を鳴らす。

 被爆者や作家、憲法学者たちでつくる「戦争をさせない1000人委員会」の「すぐにわかる 集団的自衛権ってなに?」(七つ森書館)や、前広島市立大広島平和研究所長の浅井基文「すっきり!わかる 集団的自衛権Q&A」(大月書店)など、問題をかみ砕いて解説する書籍の刊行も相次いだ。

 そもそも、平和構築に向け、ヒロシマは戦後をどう歩んできたのか。宇吹暁「ヒロシマ戦後史」(岩波書店)は、研究テーマの集大成ともいえるヒロシマの通史だ。復興の歩みや被爆者運動、被爆体験の広がりなど、膨大な資料を基に事実を積み上げている。

 広島平和文化センター前理事長のスティーブン・リーパー「日本が世界を救う―核をなくすベストシナリオ」(燦葉出版社)は、核廃絶に向けた世界の動きを紹介し、リーダーシップを被爆国に求める。

 一方で、あらためて核の危険性を突き付けた福島第1原発事故。原発を推進してきた日本の戦後史を検証する動きもあった。

 中日新聞社会部編「日米同盟と原発」(東京新聞)は、被爆国が戦後、原発大国へ突き進んでいく過程を、証言や資料から明らかにする。加藤哲郎「日本の社会主義―原爆反対・原発推進の論理」(岩波書店)は、原水爆禁止運動と核の平和利用が、戦後どのように結びついていったのかを考察する。

 ボーン・上田記念国際記者賞を受けた会川晴之の「独裁者に原爆を売る男たち」(文芸春秋)は、パキスタンの「原爆の父」と呼ばれたカーン博士が築いた「核の闇市場」の正体を追う。核兵器の脅威が今もなお世界に拡散している現実を浮き彫りにする。

 マイケル・D・ゴーディン「原爆投下とアメリカ人の核認識」(彩流社)は、広島、長崎への原爆投下を軍事的観点で論じる。

 被爆70年に向け、貴重な文献の復刻もあった。マルセル・ジュノー「ドクター・ジュノーの戦い」(勁草書房)と、ジョン・ハーシー「ヒロシマ」(法政大学出版局)は新装版として復刊された。

 2011年に死去した歌人の豊田清史。平和文庫から刊行された「千羽鶴」(日本ブックエース)は、豊田が尽力した平和記念公園内の「原爆の子の像」建立運動の記録だ。

多彩な表現

詩歌や写真 継承後押し

 詩人の堀場清子は「全詩集」(ドメス出版)を刊行。半世紀以上にわたって、反戦、反核をストレートに訴えてきた詩作の足跡だ。別冊「鱗片 ヒロシマとフクシマと」(同)と、中島美幸「堀場清子のフェミニズム―女と戦争と」(同)も同時に出版された。

 中国歌壇選者の道浦母都子の歌集「はやぶさ」(砂子屋書房)は、広島、福島、チェルノブイリと、核でつながる3都市を訪れて詠んだ歌を収めた。

 広島の原爆資料の記録をライフワークとする石内都の写真集「Fromひろしま」(求龍堂)は、原爆資料館が所蔵する衣服など87点を撮影した。

 広島市文化協会文芸部会「占領期の出版メディアと検閲(プレスコード)」(勉誠出版)は、戦後間もない被爆地広島での言論統制の実態や、興隆する表現活動の力強さを紹介。岡村幸宣「非核芸術案内」(岩波書店)は、丸木位里・俊「原爆の図」や、こうの史代の漫画「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国」など、核がどのように芸術で表現されてきたかを探る。

 広島文学資料保全の会は「人類が滅びぬ前に」で、2013年に生誕100年を迎えた原爆詩人栗原貞子の足跡をたどる。黒古一夫「井伏鱒二と戦争」(彩流社)は、原爆文学「黒い雨」で知られる井伏鱒二を、時代背景と結びつけてひもとく作家論だ。

 12年に死去した、漫画家中沢啓治の代表作「はだしのゲン」の魅力を紹介する書籍も相次ぎ出版された。田口ランディたち多彩な論客の寄稿で編んだのが「『はだしのゲン』を読む」(河出書房新社)。大村克巳「『はだしのゲン』創作の真実」(中央公論新社)は、連載時の編集者や妻へのインタビューで、創作秘話を明かす。松江市教委が昨夏、学校の図書室で一時閉架した問題にも触れている。

 中沢の未発表詩「広島 愛の川」は、曲が付けられて歌手の加藤登紀子が歌う。20年前に書き下ろした漫画「広島カープ誕生物語」(DINO BOX)も復刊された。

(2014年8月15日朝刊掲載)

年別アーカイブ