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被爆を語り継ぐ、2014ヒロシマ・ナガサキ(上)=戦後生まれの伝承者、養成

 1945年8月の広島、長崎への原爆投下から69年。戦争の悲惨さや平和の大切さを訴えてきた被爆者は高齢化し、その体験をどう伝え続けるかが課題となっている。被爆者と次世代の思いに迫った。(後藤仁孝)

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 1日、広島市の広島国際会議場の一室。広島大名誉教授、北川建次さん(79)=同市=の話に「伝承者」を目指す3人が耳を傾けた。「(原爆投下直後は)煙で真っ暗。何も見えなかった」「(他県から)広島に来る学生は親から『広島の人と結婚したらいかん』と言われていた。結婚や就職差別がものすごかった」。聞き入る3人の目は真剣だ。

 広島市は2年前、被爆者の体験や平和への思いを継承する伝承者の養成に乗り出した。市内の被爆者は3月末現在6万1666人で、平均年齢78・9歳。この5年間に1万1722人が鬼籍に入り、伝承者を育てる背景には「被爆者がいなくなる」との危機感がある。市平和推進課は「核兵器の非人道性を伝える役割を担ってほしい」と言う。

 語り部活動を続ける被爆者のうち26人が「証言者」として講師を務め、第1、2期の研修生計162人は北海道や東京、福岡からも通う。第3期も44人が手を挙げた。養成は3年掛かりで、1年目は被爆体験や原爆被害の概要などを学習。2年目に自らが語り継ぐと決めた体験談を約1万字の原稿にまとめ、3年目は実習。原爆投下70年目の来年には、1期生108人が修学旅行生らに語り掛ける活動を始める予定だ。

 証言者の一人、北川さんは被爆時、小学5年生だった。広島市内の小学校で同級生の泣き叫ぶ声を聞いたが、押し寄せる炎から逃げるのが精いっぱい。そんな体験を継承しようと、伝承者に思いを託している。「自分たちはやがていなくなる。核兵器の恐ろしさを伝える人が必要だ」

 ただ、被爆者には「悲惨な体験は実際に遭った者にしか伝えられない」と、伝承者養成にかかわることに消極的な人もいるという。伝承者を目指す人々の心情もさまざま。広島市のマンドリン奏者、佐古[さこ]季暢[きょう]子[こ]さん(29)は「被爆者の重みのある思いを受け継げるのか不安もある」と明かす。

 広島で生まれ育ち、子どものころから平和教育を受けた佐古さん。しかし、県外の知人に広島を案内する際には「被爆者でも被爆2世でもない私が、原爆のことを語っていいのか」という思いに駆られてきた。4年前、留学先のドイツで核兵器の存廃を議論したときは「自分が何も言えず情けなかった」。

 帰国後、佐古さんは第2期生として伝承者を目指し、研修を通じて北川さんの証言を受け継ぐことを決意した。「広島と向き合い、できるだけのことはやってみたい」。被爆体験をつなぐ次世代として、“69年目の夏”を見つめている。

(熊本日日新聞8月4日朝刊掲載)

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