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社説・コラム

社説 日印首脳会談 原子力協定 交渉凍結を

 公式会談に先だって相手が視察する京都に同行し、案内役を買って出る―。5月に政権の座に就いたインドのモディ首相の来日に当たり、安倍晋三首相の気の使いようはすごい。かねて交流のあった二人の関係は既に蜜月に近いのだろう。

 きのうの首脳会談を経て発表された共同声明も盛りだくさんだった。日系企業の投資拡大やインド産レアアース(希土類)の対日輸出といった経済分野の連携だけではない。外務・防衛閣僚級協議(2プラス2)創設の検討に加え、防衛装備品輸出の目玉として日本が期待する救難飛行艇「US2」のインドへの導入も協議された。

 減速気味の経済活性化のため規制緩和を掲げ、外資を呼び込みたいモディ政権と、人口12億人の巨大市場を成長戦略に生かしたい安倍政権。双方の思惑が一致する上に、日本側からすれば安全保障面の協力強化で中国をけん制する狙いがあろう。

 両国関係の緊密化は望ましいが、何でもありでいいのだろうか。とりわけ気掛かりなのが共同声明などで「重要な進展」をうたい、早期妥結を目指すとした原子力協定交渉である。原発技術供与を可能にするものだ。

 民主党政権時代の2010年に交渉入りしたものの、日本側が新たな核実験への歯止めなどを求めたために難航してきた経緯がある。両国間の重大な障壁のはずが、それぞれの政権交代を機に大きく動きだすとすれば危うさを感じざるを得ない。

 そもそも経済協力などと同列に論じるべき話でもなかろう。単に二国間の問題ではなく、核拡散防止条約(NPT)の形骸化につながるからだ。

 インドはNPT加盟を拒絶したまま核兵器の開発を続け、核弾頭が搭載可能な長距離ミサイルの発射実験も終えた。一方で国民の4割が電気の恩恵を受けず、慢性的な電力不足に悩む。そのため原発増設を急ぎ、原子炉をはじめ外国の原発技術を得たい事情があるのは確かだ。

 08年以降、NPT体制の例外扱いにしてくれた米国などと原子力協定を結んだが、思うように技術移転は進まない。インドからすれば、技術力の高い日本との協定を原発推進の起爆剤にしたいのだろう。

 ただ核不拡散の立場からは、違うものが見えてくる。インドは外国からのウラン燃料の輸入と、国内での使用済み核燃料の再処理によるプルトニウム生産を望む。自前の核燃料サイクルのためと説明するが、NPTに加盟せずに国際社会の監視の目が届かない現状を考えれば軍事転用の懸念は拭えない。しかも現与党は1998年の核実験に踏み切り、強硬な核政策を掲げてきたインド人民党である。

 日本がこうした点を棚上げしたまま交渉を加速することは許されまい。同じく原発技術の輸出が目的でも、トルコなどとの原子力協定とは意味合いがまた違う。被爆地がインドとの協定を厳しく批判してきた事実を思い起こしてもらいたい。

 巨大市場に目を奪われるあまり、原子力協定で安易に妥協するなら被爆国としての信頼が損なわれよう。まずは交渉を凍結し、少なくともNPTに加盟するのが先だと安倍首相が自ら助言するのが筋ではないか。相手の耳に痛いことを避けるのなら本当の信頼関係といえまい。

(2014年9月2日朝刊掲載)

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