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社説・コラム

社説 朝日新聞の記事撤回 報道の責務 肝に銘じて

 朝日新聞社が「吉田調書」に基づいて、ことし5月に報じた記事は誤りだったとして取り消し、謝罪した。

 吉田調書は、東京電力福島第1原発の事故について政府事故調査・検証委員会が当時の吉田昌郎所長への聞き取りをまとめた資料である。吉田氏が病気で亡くなった後も、政府は非公開としていた。

 朝日新聞は独自に調書を入手。第1原発にいた所員の9割が吉田氏の待機命令に違反し、約10キロ離れた第2原発に撤退したと朝刊1面で報道していた。

 しかし、政府がおととい公開に踏み切った吉田調書では「命令違反」とは読み取れない。誤報がジャーナリズムへの信頼を揺るがしたことは否めない。

 辞任を示唆した朝日新聞の木村伊量(ただかず)社長は記事について、「調書を世に問う意義を大きく感じていただけに、誤った内容の報道になったのは痛恨の極み」と述べた。原発事故の教訓を導くために、非公開の調書の内容を広く伝えようという姿勢は理解できよう。

 そもそも政府はもっと早期に、原発事故対応の現場責任者だった吉田氏の調書の内容を明らかにすべきだった。結果的には、朝日新聞の記事が調書を公開させるきっかけになった面はあるだろう。

 だからといって事実と異なる報道をすることは許されない。とりわけ福島第1原発の所員たちが事故発生時に逃げ出したという印象を、国内外に与えた責任は重い。

 朝日新聞は誤報の理由について、幾つか挙げている。

 まずは記者の思い込みだ。調書で吉田氏が「所員に福島第1の近辺に退避して次の指示を待てと言ったつもりが、福島第2に行ってしまった」などとした部分から、所員が命令に違反し退避したと受け取ったようだ。実際には、吉田氏の指示は所員にうまく伝わっていなかったとみられる。所員から直接、話を聞く裏付け取材が足りなかったに違いない。

 さらにチェック不足もある。調書には、所員が第2原発に退避したことを吉田氏が評価するくだりもあった。そうした内容が顧みられなかったのは、人数が限られた取材班内で確認がおろそかになったためという。

 朝日新聞は、意図したものではないとしている。信頼回復のための新たな組織を設ける方針も示しており、再度、しっかり検証してほしい。

 一方、木村社長は従軍慰安婦問題に関する過去の記事を撤回したことも謝罪した。朝日新聞は8月、検証記事を掲載し、韓国・済州島で慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏(故人)の証言は虚偽だったとして関連の記事を取り消していた。

 この検証記事をめぐっては、池上彰氏が朝日新聞で連載中のコラムに「過ちを訂正するなら、謝罪もするべきだ」などと主張する原稿を執筆したが、同社はいったん掲載を拒んだ。問題化したため後に掲載したが、自らへの批判を封じる姿勢に批判が集まったのは当然だろう。

 誤った報道をしないよう、細心の注意を払う必要があるのはもちろんだ。それでも、もし誤報をした場合には、速やかに訂正し、謝罪する。今回の誤報を教訓に、報道機関はあらためて肝に銘じなければならない。

(2014年9月13日朝刊掲載)

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