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社説・コラム

社説 拉致再調査 北朝鮮は約束守るべき

 日本人拉致被害者たちの安否の再調査をめぐる日朝交渉が後退している。9月に出すとみられていた初回の報告を北朝鮮が先送りし、おとといの政府間協議では、その報告の時期について決められなかった。

 説明を受けた拉致被害者の家族が「北朝鮮の思惑通りに動いているように感じる」と苦言を呈したのはもっともだ。報告の内容次第では、安倍晋三首相の訪朝が視野に入っていたようだが、当初の筋書きは崩れたといわざるを得ない。

 日朝の公式な政府間協議は今春再開し、交渉は順調に進んでいるように見えた。家族はもとより世論の期待が高かっただけに、失望感は大きい。

 初回報告の時期は日朝間で7月、「今夏の終わりから秋の初め」と確認したはずである。北朝鮮が金正恩(キムジョンウン)第1書記の直轄下にある特別調査委員会で再調査を進めるとし、日本側もそれを認めて経済制裁の一部を解除した。交渉に基づく約束は守ってもらわなければ困る。

 窓口となっている北朝鮮の宋日昊(ソンイルホ)大使は共同通信に対し、日本への報告はいつでもできると述べていた。にもかかわらず、報告の期限を迎えた途端、「初期段階にある」として覆した。

 北朝鮮は拉致被害者を厳重に監視しているとされ、安否は把握済みとみる方が自然ではないだろうか。交渉の中では初回報告で特定失踪者の情報を示す考えを示したという。拉致は犯罪であり、駆け引きの材料にすること自体、言語道断だ。

 再調査に懸ける日本と、万景峰(マンギョンボン)号の日本入港再開などさらなる経済制裁の解除を狙う北朝鮮の思惑のずれが、より鮮明になったといえよう。この点は5月に再調査の合意文書を交わした際にも指摘されていた。

 これまでの調査で北朝鮮は国家間の信義を裏切り続けている。10年前には偽の遺骨まで持ち出して生存を否定する結果を伝えてきたという経緯もある。

 北朝鮮の不誠実な態度は、何も拉致問題だけではない。長距離弾道ミサイル発射や核実験など、新たな挑発行為に走らないとも限らない。粘り強く交渉を重ねる必要があろう。

 ただ、北朝鮮が追い込まれた状況にあることに変わりはない。日朝協議に踏み込んだ背景には、後ろ盾とされる中国との関係悪化がある。中国はことしに入り、北朝鮮への原油の輸出を中断したという。韓国や米国との協議も進まず、経済や外交面での孤立は続いている。

 金第1書記の体調についても、朝鮮中央テレビが「不自由な体」と伝えた。両足首を負傷したという話や、肥満による健康悪化との見方さえ流れる。再調査の進展に影響する可能性もあり、情報を精査すべきだ。

 日本政府は再調査の現状について詳しい説明を受けるため、担当者を平壌に派遣することを検討している。これを聞いた拉致被害者の家族から「単に会いに行くだけではリスクが生じる」との意見が相次いだ。

 北朝鮮側の提案でなぜ、訪朝する必要があるのか。意図を見極めねばなるまい。

 安倍首相はきのう参院本会議で「全ての拉致被害者の帰国に全力を尽くす」と述べ、政権の姿勢は変わらないことを強調した。交渉戦略の練り直しをいとわず有言実行で臨んでほしい。

(2014年10月2日朝刊掲載)

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