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社説・コラム

『潮流』 ノーベル賞いずこに

■論説主幹・江種則貴

 こすると字が消える最新のボールペンを使うたび、高校時代の教師の言葉を思い出す。印刷物を極めて低コストで白紙に戻す。そんな技術を開発できたらノーベル賞ものだ―。

 なるほどタイムマシンや不老長寿の秘薬に比べれば現実味があり、地球環境にもよさそうだ。ただ、あの先生が何より言いたかったのは、身の回りに発明のヒントはいくらでもあり、世界屈指の栄誉を受けるチャンスは誰にでもあるということに違いない。

 そのノーベル賞で来週、私たちの職場は盛り上がる。連日、日本時間の夕方以降に各賞が発表される。もし日本人の名前がアナウンスされれば、その日の社説は丸ごと差し替えようと申し合わせたところだ。

 自然や宇宙の神秘、人知の奥深さに思いをはせる余裕は多分ない。朝刊の締め切り時間をにらみながら、物理や化学の難しい法則と格闘することになるだろう。うれしいニュースだから、そう苦にはなるまい。

 去年は残念だったが、村上春樹さんの著作も再読しておかなくては。

 いつも予想を覆される平和賞も気になる。個人的には、昨年も候補だったパキスタンのマララ・ユスフザイさんを推す。「1本のペンが世界を変える」と教育の大切さを訴えた国連でのスピーチはまさにノーベル賞ものの訴求力だった。

 日本の憲法9条も平和賞候補に名を連ねる。よもやあるまいとは思うが、決まれば国民全員が受賞者となる。では授賞式には誰が出る? まさか、集団的自衛権が行使できると憲法解釈を変えた政府の代表者?

 「もし」ついでに、夢をもう一つ。放射性物質を無害化する日本の技術が化学賞に、核兵器廃絶に貢献した被爆地の市民団体が平和賞に決まりました―。

 高校生の皆さん、近いうちに正夢にして、私たちを慌てさせてくれないか。

(2014年10月4日朝刊掲載)

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