×

社説・コラム

社説 新聞週間 事実の追求 原点を胸に

 きょうから始まる新聞週間に当たり、私たちは、かつてない逆風を自覚している。

 新聞に寄せられる多くの国民の厳しい目は、東京電力福島第1原発事故をめぐる朝日新聞の「誤報」がきっかけだった。

 従軍慰安婦に関する過去の記事についても誤りを認め、同様に撤回して読者に謝罪した。

 日本新聞協会の新聞倫理綱領は、報道を誤った際の速やかな訂正を定めている。朝日新聞の対応が、これに反していることは明らかだ。

 とはいえ、人ごとと片付けるわけにはいかない。

 いかに国民の信頼を取り戻すか。今回の問題を重い教訓とし、新聞界全体が自らを省み、厳しく律する必要があろう。

 その意味で懸念が拭えないのは、過剰と思える朝日新聞への批判だ。木村伊量(ただかず)社長を国会に招致すべきだとする政治家の主張に同調する記事も一部のメディアで見られる。

 何よりマスコミに求められる使命は、権力を監視することであるはずだ。それを自ら否定することにつながらないか。

 こうした主張が危険をはらむのは、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領の名誉を傷つけたとして、産経新聞の前ソウル支局長が現地の当局に在宅起訴された問題からも明らかだろう。

 意に沿わない報道を抑えようとする権力に、言論機関が安易に擦り寄るべきではない。

 日本政府も韓国政府に抗議した。だが、ほかならぬわが国で果たして、民主主義の基盤である国民の「知る権利」が十分に守られていると言い切れるだろうか。

 見過ごせないのは、特定秘密保護法が年内に施行されることだ。政府はきのう、施行日を「12月10日」と定める政令とともに、特定秘密の指定や解除についての運用基準を閣議決定した。防衛、外交、スパイ防止、テロ防止といった幅広い分野で、国民に知らせない秘密を政府が指定できる。

 「報道の自由に配慮する」としながらも、秘密を漏らした側ばかりか、情報を得た報道機関や市民も場合によっては厳罰を受ける可能性がある。官僚が自らに都合の悪い情報を隠すことはあり得る。

 松江市で先月あったマスコミ倫理懇談会全国大会で、特定秘密保護法の成立後、問題点を批判する報道が大幅に減っているとの指摘が弁護士から出た。報道機関として、正面から受け止めなければならない。

 こうした状況にあって、私たちが引き続きその使命を果たすには、何よりもまず、読者から信頼されることが出発点となるに違いない。

 そのために、たとえ取材が困難であろうとも、事実を追求する原点を忘れるわけにはいかない。粘り強く取材対象に迫る努力を繰り返すしかない。

 とりわけ地方紙は、地域に寄り添う姿勢が問われている。

 広島市で8月、74人が犠牲になる土砂災害が起きた際、中国新聞は各避難所に身を寄せた住民の名簿を紙面に載せた。ライフラインなどの状況を連日、事細かに掲載した。

 これからも地元紙として、被災者の視点で復旧の営みを追い、住民とともに地域のあすを模索していく。災害から命を守る報道を続ける。

(2014年10月15日朝刊掲載)

年別アーカイブ