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連載・特集

緑地帯 私とクルドとイラク 玉本英子 <4>

 2003年にイラク戦争が始まって以来、ほぼ毎年、イラクを訪れてきた。過酷な現場に立つこともしばしばだ。05年、北部アルビルで約100人が死傷した自爆攻撃の現場では、真っ赤な血だまりに肉片が散らばっていた。恐怖で大声を上げそうになった私は、唇を思い切りかんで、泣くなと自分に言い聞かせた。

 ニュースでは「何人が死亡」と数で伝えられるが、一人一人に名前があり、未来があった。日々の取材は人の死ばかりで、私の表情も暗くなっていった。

 そんな時、宿泊したホテルの従業員によく言われたのが「悲しい顔をしないで、笑って」だった。最初は「なんて不謹慎な」と思ったが、苦しみに覆われたこの国だからこそ悲しい顔など見たくないはず、と気付かされた。

 この頃、イラクのテレビで日本のバラエティー番組が放映され、人気を呼んでいた。日本では1980年代に放映された「風雲!たけし城」。一般応募の挑戦者たちが真剣な表情でユニークなゲームに取り組む姿に、イラクの友人たちは手をたたいて笑っていた。

 一緒に番組を見た私は「平和ボケで恥ずかしい」と、つい口にした。すると彼らは「平和ボケ、何が悪いの?」「笑いは大事さ。日本人はこんなに人生を楽しんでいるのに、俺たちは殺し合いばかり。その方が恥ずかしい」と言うのだった。

 笑う、という当たり前のことができなくなるのが戦争だ。イラクの友人たちと心の底から笑い合える日を願いながら、私は取材を続けている。(ジャーナリスト=大阪府豊能町)

(2014年9月17日朝刊掲載)

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