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回天の記憶 <下> 受け継ぐ 高校生が実録映像制作 「事実を伝える」重み実感

 周南市の桜ケ丘高普通科アーティストコースの生徒6人が、旧日本軍の人間魚雷「回天」ゆかりの地や当時を知る人を訪ねるドキュメンタリー映像の制作を進めている。21日に同校である文化祭「桜ケ丘祭」での初披露に向け、半年を費やした撮影や編集作業が大詰めを迎えている。

 8月中旬、6人は回天の訓練基地があり、若き搭乗員が戦場へと出港していった同市の大津島に渡った。

 回天を運んだトロッコのレール跡が残る約250メートルのトンネルや基地の遺構、回天記念館―。撮影担当の3年谷天馬さん(17)は、搭乗員の遺品をクローズアップしたり、生徒のコメントを収録したりと動き回った。「どう撮れば回天のことが分かりやすく伝わるか考えていた」と振り返る。

当時の様子証言

 中学卒業まで島で過ごした元同校教諭の田中賢一さん(76)=同市川崎=が案内した。「訓練は厳しく、雨が降ってもほぼ毎日。夜間もあった」「出撃する搭乗員は、見送る人に軍刀を掲げて返礼した」。約70年前、島の高台にあった自宅から見ていた基地の様子を伝えた。

 細く長い黒の乗り物が「天を回(めぐ)らし、戦局を逆転させる」と命名された特攻兵器と知ったのは、戦後だった。搭乗員と住民に交流はなかったが、すれ違う際に垣間見た引き締まった表情を鮮烈に覚えている。

 「撮影を通じて特攻の悲惨さを知るとともに、搭乗を志願した若者の心情に思いをはせてほしい」。田中さんは完成を心待ちにする。

 平生町阿多田にあった訓練基地の関連資料を展示する阿多田交流館なども訪れ、収録した。「戦争という悲劇を繰り返さないため、回天を知らない同世代にしっかりと事実を伝える内容にしたい」とディレクターの3年坂本海舟さん(18)。6時間を超える取材映像を約15分の作品にまとめる。指導する徳永博久教諭(54)は「元搭乗員や遺族が減る中、生徒には『伝えていく重み』を感じてほしい」と託す。

1000本の桜を植樹

 毎年11月に追悼式を開いている回天顕彰会は来春、「大津島千本桜事業」を始める。記念館や港の周辺などに、5年かけて千本の桜を植える計画だ。植樹や草刈りなどに、学校や市民団体の参加を呼び掛ける。

 1本ずつに、子どもの名前を書いたプレートを付ける案も温める。「桜の成長に合わせて島を訪れ、回天に目を向けてほしい」と広文仁副会長(63)=同市須々万本郷。回天が初めて島から出撃して8日で70年。その記憶を次世代へ受け継ぐ新たな取り組みが始まっている。(桑田勇樹)

(2014年11月8日朝刊掲載)

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